2026年11月02日
ローマが帝国になり得た理由 古代歴史家ポリュビオスが指摘した「人々の誠実さ」
ローマが帝国になり得た理由 古代歴史家ポリュビオスが指摘した「人々の誠実さ」
なぜローマは大帝国へと成長できたのか――。その答えの一端を示すのが、古代歴史家ポリュビオスの著した『歴史』です。本稿では書籍 『教養としての「世界史」の読み方』 より、この問いを解き明かしていきます。 ※本稿は...
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2026年11月02日
なぜローマは大帝国へと成長できたのか――。その答えの一端を示すのが、古代歴史家ポリュビオスの著した『歴史』です。本稿では書籍 『教養としての「世界史」の読み方』 より、この問いを解き明かしていきます。 ※本稿は...
2026年11月02日
『三国志演義』の研究本『Tamnan Nangsue Sam Kok』(シャム王国=タイ/1928年)に描かれた董卓。左は呂布、右は董卓の寵愛を受けたとされる架空の女性・貂蝉 長い中国史には「暴君」と語り継がれる権力者が存在した。夏王...
2026年10月30日
復元された大手門には、水を吸いにくい地元産「飫肥杉」が用いられている 宮崎県にそびえる飫肥城には、全国でも有数の降水量を誇るこの地の雨対策として、地元産の飫肥杉が活用されているといいます。城好きで知られる気...
2026年10月29日
「ローマは、なぜ帝国になり得たのか」。この問いは実に古く、すでに前2世紀の歴史家ポリュビオス(前204頃〜前125頃)が投げかけています。そして「ローマ帝国は、なぜ滅びたのか」という問いもまた、時代を超えて繰り返し議...
2026年10月27日
年間を通して雨や雪が多い石川県。そんな気候風土を反映して、金沢城には独自の工夫が凝らされているといいます。城好きで知られる気象予報士の久保井朝美さんが、日本の風土と城の工夫、天気を味方にした合戦や武将など、日...
2026年10月23日
中国・四川省、成都武侯祠の孔明像。蜀の君主である劉備も祀られている。 「三顧の礼」といえば、三国志において、劉備が諸葛孔明を補佐役として迎えるために、3度訪問した逸話として有名だ。そして、劉備に諸葛孔明を推薦...
2026年10月22日
備中高松城址 城攻めの名手として知られる豊臣秀吉は、「備中高松城の戦い」で大胆な奇策を用い、見事に城を攻略しました。城好きで知られる気象予報士の久保井朝美さんが、日本の風土と城の工夫、天気を味方にした合戦や...
2026年10月21日
成都武侯祠博物館 中国の三国志は、文字通り、魏・呉・蜀の3国が鼎立した時代で、劉備が蜀を建国しなければ、歴史は変わっていたかもしれない。そして、その覇業を支えた人物として諸葛亮がよく知られているが、劉備の蜀平...
2026年10月19日
摺上原(すりあげはら)の戦いで勝利を飾った名将・伊達政宗。その背景には、天候を見極めた巧みな戦術があったと伝わります。城好きで知られる気象予報士の久保井朝美さんが、日本の風土と城の工夫、天気を味方にした合戦や...
2026年10月16日
平安時代の和歌を掲載する歌集は、『古今和歌集』から『新古今和歌集』に至る勅撰八代集だけではない。『紫式部集』『清少納言集』など、個人歌集が平安時代だけでも172人分は知られている。 そこには、自然の美しい風物...
2026年10月14日
水は、お城の大敵! 雨量の多いエリアでは、水に強い材料や独特の仕組みで、腐敗や倒壊を防いでいます。城好きで知られる気象予報士の久保井朝美さんが、日本の風土と城の工夫、天気を味方にした合戦や武将など、日本全国37の...
2026年10月13日
陸遜の故郷・呉郡(現在の江蘇省蘇州市)の盤門。春秋時代には呉の国の都が置かれた地である 三国志の蜀を支えた名将といえば、諸葛亮がよく知られている。一方、呉には、陸遜、陸抗という軍略に優れた父子がいた。しか...
2026年10月13日
平安時代の和歌を掲載する歌集は、『古今和歌集』から『新古今和歌集』に至る勅撰八代集だけではない。『紫式部集』『清少納言集』など、個人歌集が平安時代だけでも172人分は知られている。 そこには、自然の美しい風物...
2026年10月07日
平安時代の和歌を掲載する歌集は、『古今和歌集』から『新古今和歌集』に至る勅撰八代集だけではない。『紫式部集』『清少納言集』など、個人歌集が平安時代だけでも172人分は知られている。 そこには、自然の美しい風物...
2026年10月05日
天正17年(1589)、北条家の家臣・猪俣邦憲が真田昌幸の領する名胡桃城を奪取した。この事件は、小田原合戦と北条家の滅亡に繫がるが、その真相は謎に包まれている。なぜ、猪俣は城を攻め取ったのか。なぜ、城はあえなく落ち...
2026年10月02日
松尾山・小早川秀秋陣跡から眺める関ヶ原古戦場 小早川秀秋は、関ケ原合戦での「裏切者」として語られるだけでなく、裏切りに至るまでの経緯や、豊臣秀吉に訓戒されたことから、愚純な「凡将」とのイメージが強い。だが果...
2026年10月02日
平安時代の和歌を掲載する歌集は、『古今和歌集』から『新古今和歌集』に至る勅撰八代集だけではない。『紫式部集』『清少納言集』など、個人歌集が平安時代だけでも172人分は知られている。 そこには、自然の美しい風物...
2026年10月01日
東勝寺跡 腹切やぐら入口 後醍醐天皇による建武政権の発足後、それに対する反乱「中先代の乱」が勃発。その旗印となったのは、わずか7歳ほどという北条時行であった。北条得宗家の血を引く少年は、それから18年にわたっ...
2026年09月29日
平安時代の和歌を掲載する歌集は、『古今和歌集』から『新古今和歌集』に至る勅撰八代集だけではない。『紫式部集』『清少納言集』など、個人歌集が平安時代だけでも172人分は知られている。 そこには、自然の美しい風物...
2026年09月24日
農民から天下人にまで登り詰め、絢爛豪華な文化を築いた豊臣秀吉。その資金は潤沢で、政権は盤石であったかのように見えるが、実は「脆弱な財政・軍事基盤」の上に成り立っていた。意外にも直轄領は少なく、徳川家康以下であ...
更新:11月03日 00:05