2025年04月24日 公開
作家の伊吹亜門さんが『路地裏の二・二六』を執筆する際に資料として参考にしたという、松本清張著『昭和史発掘』。『歴史街道』4月号では、その魅力について語ってもらった。
※本稿は、『歴史街道』2025年4月号「私の一冊」より、内容を一部抜粋・編集したものです
二・二六事件を題材に本格ミステリの長編を書くとなった際、先ず購入した資料が松本清張の『昭和史発掘』だった。
使いたいトリック等はぼんやりと浮かんでいたものの、それをちりばめる物語の全体像はこれっぽっちも出来上がっていなかった。元より昭和史に関する知識を殆ど持ち合わせていなかったのだ。
具材を知らなければ包丁も振るいようがない。それ故に私は、そもそもあの叛乱は何だったのかを知る必要があった。若い将校たちは何故起ち上がったのか。導火線に火が点けられたのはいつのタイミングだったのか。二・二六事件を体系的に知るために最も適していると思えたのが『昭和史発掘』だった。
清張は昭和元年(1926)の「陸軍機密費問題」から稿を起こし、ゆっくりと、しかし着実に日本が可怪しな方向へ進んでいく様を描き出している。どこまでが調査に基づいてどこからが推理なのか判然としない箇所もあり資料として扱うには注意が必要だが、それでもあの一大蹶起、それを経た全体主義社会に至る当時の空気感を知るには最適な資料だった。
清張は目の前の資料を鵜呑みにはしない。少しでも腑に落ちない点があれば、時に大胆過ぎる推理で隠された真相を暴こうと努めている。虚実入り乱れた物語を創る歴史ミステリ作家として、その姿勢に学ぶところは非常に多かった。
更新:05月17日 00:05