2014年02月07日
黒田官兵衛の主君は誰なのか?

黒田官兵衛の主君は誰なのか?
《『 歴史街道』2014年2月号 [総力特集]黒田官兵衛 より》 黒田職隆は小寺氏に仕え、小寺姓と名の「職」の字を賜った。 ところが小寺氏の完全な配下ではなかったとする見方がある。 一方...
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2014年02月07日
《『 歴史街道』2014年2月号 [総力特集]黒田官兵衛 より》 黒田職隆は小寺氏に仕え、小寺姓と名の「職」の字を賜った。 ところが小寺氏の完全な配下ではなかったとする見方がある。 一方...
2014年01月27日
『歴史街道』2014年2月号 [総力特集]黒田官兵衛<総論>より一部を抜粋 人生の転機となった出会いと幽囚体験 「運命の出会い」という言葉がありますが、織田家の部将・羽柴秀吉との出会いは、官兵衛にと...
2014年01月22日
『歴史街道』2014年1月号 より 日本での軍師の誕生は? 日本史で軍師的な人物の記録を辿ってみると、最も古いものは、『日本書紀』の天智天皇10年(671)の記事で、百済から渡来して朝廷に仕えた4人の兵法...
2014年01月05日
『歴史街道』2014年1月号 より 数多い軍師の中でも、抜群の手腕で天下に名を轟かせた男たちがいる。秀吉に参謀として仕え、天下人へと押し上げた竹中半兵衛と黒田官兵衛。伝説的な名軍師の活躍とは? ...
2013年12月30日
『歴史街道』2014年1月号 より 竹中半兵衛像 一般的なイメージの、作戦を立案する参謀型の軍師は、戦国中期に登場した新しいタイプだった。従来の軍師は、陰陽道を駆使して占術に長けた「軍配者」であるという...
2013年11月27日
《 『歴史街道』2013年12月号 [総力特集]千利休 より》 【Q】 千利休は堺の商人出身といわれますが、どのような人物だったのですか? 千利休は大永2年、堺の商人・田中与兵...
2013年10月28日
『歴史街道』2013年11月号 より リトアニア、カウナスにある杉原千畝記念館 杉原千畝が領事としてつとめていた旧日本領事館。現在は記念博物館として一般公開されている(写真:PIXTA) 杉...
2013年09月27日
『歴史街道』2013年10月号より ソロモンの激闘に加わることなく、大和がトラック島で無為な日々を送るうちに、戦況は刻々と悪化していった。起死回生の「艦隊決戦」を期待したマリアナ沖海戦でも大和の出番はな...
2013年09月06日
《 『歴史街道』2013年10月号 (9月6日発売)特集より》 「もし俺の冒険が失敗に帰したとしても、祖国は何ら痛痒を感じないだろう。しかし、いつしか帰国できたなら、祖国にとって何らかの益となろう!」 日本...
2013年08月29日
《 『歴史街道』2013年9月号 より》 天下統一を目指す信長が安土築城を命じたのは、畿内をあらかた平定し、さらなる展望を抱いた時期でした。新しい本拠地として安土を選んだ信長の狙いとは、はたして何だったのでしょう...
2013年08月02日
会津藩の消滅と尚之助の悲運に沈む八重のもとに、意外な知らせが届く。死んだと思っていた覚馬からの、京都への招きだった。 そして新たな生活のなかで、八重はキリスト教の価値観と新島嚢に出会う。アメリカ帰りの...
2013年07月26日
島津義弘像 「たせい(多勢)を見てもをそる(恐る)へからす」。九州全土に覇を唱えるだけでなく、明・朝鮮軍から「鬼石曼子(グイシーマンズ)」と恐れられ、関ケ原では東軍の度肝を抜いた戦国の島津軍。 しか...
2013年06月21日
『歴史街道』2013年7月号 より わが生命を賭けて、理不尽を断じて許さず 慶応4年(1868)8月23日。新政府軍が会津藩の城下町若松に乱入した、その日。城下では 200人近くの人々が、自刃して果てた。この壮絶...
2013年05月31日
『歴史街道』2013年2月号[総力特集・八重と幕末会津]より 仇はこの姉がとってやる!七連発スペンサー銃を手に籠城戦へ (この百発を撃ちつくすまで命があればよい)。亡き弟・三郎の形見の着物を身にま...
2013年05月15日
人間、失うものは何もない……なぜ、高橋是清は「日本の運」をつかみ得たのか 「顧みれば予の前半生もまた波瀾重畳、種々なる逆境を嘗めて来た」 自身が述懐するように、高橋是清の前...
2013年05月02日
『歴史街道』』2013年5月号 より いざ天下分け目の大戦へ! 渾身の決断に見る漢たちの魅力 三成の西軍か、家康の東軍か…。天下分け目の戦いに臨んだ武将たちの決断を、後世の価値観をもって判...
2013年04月01日
昭和63年 (1988) 4月に創刊された月刊誌「歴史街道」は、今月で25周年を迎えます。 創刊以来、弊誌は「時代を見抜く座標軸」をキーワードに、歴史の中から現代に活かせる生き方・考え方を探ってまいりました。読者...
2013年03月28日
大正18年(1590)、徳川家康が入封するまで、江戸城のまわりは湿地だらけで、竹の生い茂る荒れ地だった。 そんな関東の片田舎の江戸を、100万の人口を擁する大郡市に変貌させた男がいる。南光坊天海。家康の宗教政...
2013年03月12日
『歴史街道』2013年4月号 より 山本覚馬の墓(京都市) 「今、日本にとって急務なのは、内戦ではない」。 戊辰戦争の最中、薩摩藩に幽閉されながらも、日本の近代化を進めるための方策を、新政府...
2013年02月02日
『歴史街道』2013年2月号 より 「戦う女」八重の獅子奮迅の働き 新島八重−旧姓・山本八重は、幕末の弘化2年(1845)に会津藩の砲術(銃術)師範の家に生まれ、会津戦争では当時最新鋭の7連発式スペンサー...
更新:04月03日 00:05