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小泉セツはどんな人物? 朝ドラ『ばけばけ』主人公モデルの波瀾万丈な生涯

鷹橋忍(作家)

小泉八雲と妻セツ
Wikimedia Commons/The Modern Review. October 1913

2025年9月29日から放送が始まるNHK連続テレビ小説『ばけばけ』。その主人公のモデルは、小泉八雲の妻・セツである。

一般にはあまり知られていない人物だが、その生涯は波瀾万丈で、また彼女の存在は、八雲の創作活動に必要不可欠だった。ここでは、最低限知っておきたいセツの歩みを紹介しよう。

※本稿は、鷹橋忍著『小泉セツと夫・八雲』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

貧困にあえいだ前半生

2025年度後期のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、小泉八雲の妻・セツをモデルとした物語である。
小泉八雲が、『怪談』などを著した文豪であることは周知の通りであるが、その妻となると、あまり知られていないのではないだろうか。

小泉セツは、松江の没落士族の娘である。
セツは江戸時代末期の慶応四年(1868)2月4日に、松江藩士・小泉湊(みなと)とその妻チエの次女として、島根県松江市南田町で生まれた。生まれた日が節分だったため、「セツ」と名付けられる。

縁戚の稲垣家との間に、次に小泉家に子どもが生まれたら稲垣家の養子とするという約束が交わされていたことから、セツは生まれて間もなく、稲垣金十郎(きんじゅうろう)・トミ夫妻の養女に迎えられ、大切に、大切に育てられた。

しかし、明治維新の混乱の中、稲垣家はいわゆる「士族の商法」で失敗し、零落していく。勉強好きで成績もよかったにもかかわらず、セツは小学校の上等教科への進学を諦めざるを得なくなった。

それでも、物語を聴くのが大好きで、セツは大人を見つけては、何かお話をしてほしいとせがんだ。これにより、自然に語り部としての素養が身についていき、未来の夫を狂喜させ、夫婦の絆を深めることになる。

小学校下等教科を卒業した後は、機織(はたお)りの工場で働き、稲垣家を支えたが、困窮は解消されなかった。

セツが18歳の時、鳥取の士族・前田為二(ためじ)を婿養子として迎えた。ところが、経済的理由などから、為二は出奔してしまい、セツのもとに帰ってくることはなかった。

この頃から、実家である小泉家も困窮する。
稲垣家と小泉家の両家を経済的に支えなければならなくなったセツは、貧困に喘ぐことになる。

 

ラフカディオ・ハーンとの運命の出会い

セツが、のちに小泉八雲となるラフカディオ・ハーン(松江では「ヘルン」と呼ばれる)と奇跡的に出会ったのは、明治24年(1891)だと考えられている。

ハーンは前年の明治23年(1890)8月末に、島根県尋常中学校・師範学校の英語講師として、松江に赴任している。
翌年1月、あまりの松江の寒さに、ハーンは病に倒れてしまう。

すると、ハーンの世話をする人が必要だと思ったのか、当初、ハーンが滞在していた富田旅館の女中と、勤務先の西田千太郎(せんたろう)教頭の仲介で、セツが世話係として、住み込みで働くことになる。セツにとっては、家族を飢えさせないため、「洋妾(ラシャメン)」、つまり西洋人の妾(めかけ)と後ろ指を指されることを覚悟の上での決断だった。

ハーンも、セツと同じく極貧と結婚生活の破綻を経験していた。辛い経験をしてきたセツとハーンは、いつしか惹かれ合い、夫婦として生きていくことになる。

セツが前夫の為二から聞いた「鳥取の布団」という悲話を語ったことがきっかけで、ハーンはセツに語り部としての才能を見出し、大感激する。セツは、意外にも、リテラリー・アシスタント(文学面での助手)としての役割を果たしていくことになる。

セツがいなければ、『怪談』や『骨董』などのハーンの世界的に有名な作品も、生まれなかったかもしれない。

その後、明治29年(1896)2月、ハーンはセツと正式に入夫婚姻をし、日本国籍を取得。小泉八雲が誕生した。
セツと八雲は、4人の子どもに恵まれた。

明治37年(1904)、新宿西大久保の家で、ハーンに先立たれてからは、セツは未亡人として、約27年もの間、茶道や謡曲を楽しみ、比較的、豊かに暮らした。

昭和7年(1932)2月18日、セツは夫と暮らした家で、子や孫たちに見守られつつ、64歳で、人生の幕を下ろした。

二人が出会ってからは、セツもハーンも、幸せな人生だったと言っていいのではないだろうか。

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