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江戸城松の廊下事件の真相~浅野内匠頭はなぜ、吉良上野介を斬りつけたのか

2018年03月13日 公開
2023年07月03日 更新

3月14日 This Day in History

江戸城

 

[今日は何の日] 元禄14年3月14日、赤穂事件の原因となった江戸城松の廊下刃傷事件が起こる

元禄14年3月14日(1701年4月21日)朝、江戸城松の廊下において、播州赤穂藩主・浅野内匠頭が、高家・吉良上野介義央に斬りつけました。松の廊下の刃傷事件として知られます。

「おのおの方、お出合いそうらえ、浅野殿、刃傷にござるぞ」

吉良に斬りかかる内匠頭を、背後から取り押さえた梶川与惣兵衛に、「御放しくだされ、梶川殿。五万三千石、所領も捨て、家臣も捨てての刃傷にござる」と懇願する内匠頭。忠臣蔵の芝居やドラマなどでもおなじみのシーンです。

この刃傷事件は、勅使の饗応役となった内匠頭が、付け届けの不足を根に持った吉良に冷たくあしらわれ、それがもとで起きたと一般的には語られます。事件の少し前、「勅使ご登城の刻限と存じますが、式台でお迎えすべきでしょうか。それとも式台下でお迎えすべきでしょうか」と内匠頭が吉良に尋ねたところ、吉良は冷笑して、「今頃になって左様なことを訊かれるとはもってのほか。その程度の御作法は常日頃からお心がけなさるべきもの。にわかに仰せられるとは笑止千万」と教えませんでした。さらに吉良は、近くにいた梶川与惣兵衛に内匠頭の悪口を散々に言い聞かせ、その仕打ちに内匠頭は堪忍袋の緒を切ったといわれます。

忠臣蔵では、強欲な吉良の非道な仕打ちを描くことで、内匠頭の悲劇を際立たせますが、そもそも勅使饗応役が、殿中の作法を指導する高家に謝礼として付け届けをするのは当然のことでした。それを内匠頭の家臣が、倹約のため相場よりも付け届けの額を減らしたのは事実であるらしく、倹約が仇になったとする見方もあります。また、付け届けの額が少ないからといって、それだけのことで腹を立てて意地悪をするような吉良だったのか。むしろ内匠頭の性格にも問題があったのではないか、という見方もあります。

そもそもこの事件で内匠頭は2太刀を吉良に斬りつけていますが、いずれも致命傷ではなく、おそらくは逆上しての刃傷沙汰であったのでしょう。「所領も家臣も捨てて」という覚悟を据えての刃傷とは、いささか考えにくいようにも感じます。内匠頭は偏頭痛に悩まされることが多く、精神的にも緊張に強くなかったようです。ちょっとしたことで怒鳴り声を上げることもあったようで、事件の数日前には侍医が薬湯を飲ませた記録も残ります。

もう一つ、事件の遠因にあったものとして、「塩」を挙げる見方もあります。赤穂といえば塩が有名ですが、実は吉良の所領のある三河も塩の産地でした。しかも三河の塩は「アイバ塩」と呼ばれて赤穂よりも古い時代から知られており、戦国の頃には甲斐方面に送られていたといわれます。 ところが三河より遅れて始まった赤穂の製塩は、自然条件にも恵まれて大いに発展し、しかも技術革新によって精白法を生み出したことで、人気の面でも三河の塩をしのぐようになりました。この事態に吉良は、内匠頭に「精白法を伝授してほしい」と頼みますが、内匠頭は「門外不出」として拒否。吉良は密かに精白法を探らせようと人を赤穂に派遣しますが、露見して捕らわれました。こうしたことから、吉良は内匠頭に良い感情を抱いていなかったともいわれるのです。

いずれにせよ、もともとお互いにあまり良い感情を抱いていなかった上に、謝礼の少なさがあって吉良の気位の高さゆえの見下すかのような物言いにつながり、それに対して感情の起伏の大きな内匠頭が激昂して、突発的な刃傷沙汰になるといった、負の連鎖から引き起こされた事件のようにも思えます。

結局、勅使饗応の前の刃傷事件は5代将軍綱吉の怒りを呼び、内匠頭は饗応役を即座に免じられて、陸奥一関藩田村家に預けられた上、その夜、屋敷の庭先で切腹しました。大名に即日切腹の命が下るのは異例のことだといいます。

さらに赤穂藩は改易という最悪の結末を迎えました。それでも「喧嘩両成敗」であれば、まだ禄を失った赤穂藩士たちも多少は納得できたでしょうが、当の吉良は健在であり、一切お咎めなし。 これに対し、国家老・大石内蔵助らは御家再興の道を模索しますが、その道も絶たれると、吉良邸討ち入りを決断することになります。

負の連鎖から起きた刃傷事件が不幸な裁決によって、「元禄赤穂事件」につながったことを思うと、不幸・不運に直面した時、人はそれにどう向き合うかという視点から、この事件に関わる人々を見ていくのも意味があるのかもしれません。

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