2015年05月13日
「練度」と「士気」が日本海海戦勝利を導いた
「練度」と「士気」が日本海海戦勝利を導いた
響き渡り続けた砲声 「最強の艦を先頭に据える」――戦艦三笠を的確に運用し、明治38年(1905)の日本海海戦において、バルチック艦隊相手に完全勝利を収めた明治連合艦隊。 三笠の「運用」...
歴史街道 » 本誌関連記事
2015年05月13日
響き渡り続けた砲声 「最強の艦を先頭に据える」――戦艦三笠を的確に運用し、明治38年(1905)の日本海海戦において、バルチック艦隊相手に完全勝利を収めた明治連合艦隊。 三笠の「運用」...
2015年04月17日
《 『歴史街道』2015年4月号 より》 史料研究の探化で、戦国史が変わる、信長が変わる 歴史研究は、通説を疑うことから始まる。最近では斎藤道三の国盗り、山本勘助の実在、北条早雲の年齢や伊豆討入りの年...
2015年04月03日
<画:大蘇芳年、月岡米次郎「安政五戊午年三月三日於テ桜田御門外ニ水府脱士之輩会盟シテ雪中ニ大老彦根侯ヲ襲撃之図」(国立国会図書館蔵)> 安政7年(1860)3月3日、牡丹雪の霏々〈...
2015年04月02日
刀剣を鑑賞するときには、「1に姿、2に地鉄(じがね)、3に刃文(はもん)」を見て味わうようにするといいでしょう。博物館や美術館でもガラスケース越しに鑑賞できますが、刀剣店では手に取って見ることができま...
2015年04月02日
文久2年(1862)1月、久坂玄瑞は長州・萩を訪れた坂本龍馬に対して次のように語りかけた。「藩の枠に囚われることなく、自分たち草莽の志士が起ち上がり、攘夷の義挙に出る以外に道はない」。すなわち、「...
2015年03月27日
《 『歴史街道』2015年3月号 <特集:松陰を育んだ男たち>より》 対局を見通し、日本を守る… 嘉永3年(1850)、萩を出て全国周遊を始めた松陰は、日本各地で多くの知識を...
2015年03月19日
「ワレ、菅野一番」連日の死闘 「あの不死身の杉田が戦死するとは…」。撃墜王の悲報に、さしもの菅野も肩を落とした。悪化する戦況の中で343空は特攻機の護衛、B29の邀撃と困難な任務をいくつも担わされ、激...
2015年02月27日
《 『歴史街道』2015年2月号 より》 新たな日本を切り拓け! 高杉の決断に塾生らも起ち、維新回天へ 「尊兄一人、何卒割拠を御主張になられ、四君の任を一身に担当になられ候程の御尽力。伏して望み候」。 禁門...
2015年02月06日
《 『歴史街道』2015年2月号 より》 「民を救い、日本を守るにはどうすればよいのか」 吉田松陰が兵学者として、松下村塾に集う若者たちに問いかけ、ともに考え続けた命題である。 玉木文之進...
2015年01月05日
「腹に一物持った狸親父の徳川家康」「息子の秀頼を溺愛する淀殿」「運に恵まれない豊臣方牢人衆」…古来、そんなステレオタイプのイメージで語られてきた大坂の陣は、信頼できる史料に基づいたものではない。むし...
2014年12月20日
《 『歴史街道』2014年12月号 より》 祖父と父から受け継いだ「真田の誇り」…真田信繁、冬の陣に起つ 九度山で襲居生活を送っていた真田信繁は、なぜ豊臣家の誘いに応じ、大坂城に...
2014年11月27日
今回のテーマは「日本史上で最もすごい奇人は?」でしたが、一言で「奇人」といっても、そこから思い描かれる人物像はさまざま。非常な才能を持っている、先見の明にすぐれている、といった凡人にはない「...
2014年10月24日
『歴史街道』2014年11月号 [総力特集:官兵衛と関ヶ原より 「天下惣無事」崩壊…九州を切り取り、第三極のキーマンを目指す 大名間の領地をめぐる私戦は一切許さず、従わない者は天皇の...
2014年09月05日
本能寺の変で織田信長横死。関与の有無は別にせよ、その報せを聞いた時、羽柴秀吉と黒田官兵衛はどんな感情を抱いただろうか。 ※本稿は、『歴史街道』2014年9月号より一部抜粋・編集したものです。 ...
2014年08月05日
なぜ本土から遠く離れたラバウルに、航空隊の一大拠点が置かれたのか。なぜ数多くのエースパイロットを輩出したのか。そして苛酷な消耗戦を続けざるをえなかったのはなぜか…。ラバウル航空隊の基本知識を紹介しよ...
2014年08月04日
消耗し、内地での再建を余儀なくされた台南空(二五一空)と入れ替わるように、ラバウルに進出したのが第六航空隊、後の第二〇四海軍航空隊である。剛毅な小福田租飛行隊長、人望篤い宮野善治郎分隊長以下、杉田庄一、大...
2014年07月07日
《 『歴史街道』2014年7月号 [総力特集]新撰組と池田屋事件 より》 映画やドラマなどでさまざまに描かれる隊服のデザインは、どれが正しいのか? 新選組の面々も尊王攘夷の志を持っていた? 剣客揃いの...
2014年05月30日
『 歴史街道』2014年6月号 より 「世の中には人としての道を重んじ、王道政治を目指す『有道の国』と、それを軽んじて覇道に邁進する『無道の国』がある。日本こそは『有道の国』であることを世界に示し、列強の侵...
2014年05月30日
『 歴史街道』2014年6月号 より一部を抜粋 有岡城脱出、以後、「道糞」と号す 月が師走に変わった天正6年(1578)12月8日、信長は有岡城総攻撃を命じた。3万の大軍勢による力攻めだ。だが、攻略は...
2014年05月23日
《『歴史街道』2014年6月号より》 <プロフィール> 竹村公太郎 (たけむら・こうたろう) リバーフロント研究所研究参与 1945年生まれ。横浜市出身。1970年、東北大学工学部土木工学科修...
更新:01月18日 00:05