歴史街道 » #太平洋戦争の記事一覧

#太平洋戦争の記事一覧

戦力温存のため出撃を控えていた日本陸軍 東京大空襲から原爆投下に至るまで

水島吉隆(近現代史研究家)

戦力温存のため出撃を控えていた日本陸軍 東京大空襲から原爆投下に至るまで

水島吉隆(近現代史研究家)

太平洋戦争中の昭和20年(1945)2月、米軍は焼夷弾を用いた無差別空襲を開始し、東京をはじめとする大都市への攻撃を重ねていく。それを食い止めるべく、日本陸海軍の防空隊も果敢に挑んでいくが...。敗色濃厚となった中で、...

なぜ沖縄大空襲は"完全な奇襲"になったのか? 不運が次々に重なった日本軍

源田孝(元防衛大学校教授)

なぜ沖縄大空襲は"完全な奇襲"になったのか? 不運が次々に重なった日本軍

源田孝(元防衛大学校教授)

太平洋戦争中の1944年、日本はドーリットル空襲以来、二度目の本土空襲を、九州の八幡に受ける。その際、日本を苦しめたのが、米軍の大型爆撃機B-29である。 "超空の要塞"と称されたB-29はなぜ造られたのか。...

1700トンの焼夷弾で日本の一都市を破壊できる 周到に準備された東京大空襲

水島吉隆(近現代史研究家)

1700トンの焼夷弾で日本の一都市を破壊できる 周到に準備された東京大空襲

水島吉隆(近現代史研究家)

太平洋戦争中の昭和20年(1945)2月、米軍は焼夷弾を用いた無差別空襲を開始し、東京をはじめとする大都市への攻撃を重ねていく。それを食い止めるべく、日本陸海軍の防空隊も果敢に挑んでいくが...。敗色濃厚となった中で、...

なぜ米軍は、本格的な日本本土空襲都市に八幡を選んだのか?

源田孝(元防衛大学校教授)

なぜ米軍は、本格的な日本本土空襲都市に八幡を選んだのか?

源田孝(元防衛大学校教授)

太平洋戦争中の1944年、日本はドーリットル空襲以来、2度目の本土空襲を、九州の八幡に受ける。その際、日本を苦しめたのが、米軍の大型爆撃機B-29である。 "超空の要塞"と称されたB-29はなぜ造られたのか。一...

水増しされた撃墜王・遠藤幸男の戦果「これでは、海軍の面子が立たない」

松田十刻(作家)

水増しされた撃墜王・遠藤幸男の戦果「これでは、海軍の面子が立たない」

松田十刻(作家)

太平洋戦争中、日本の本土防空戦における最大の脅威は、アメリカ陸軍の大型戦略爆撃機B-29「スーパーフォートレス」(超空の要塞)であった。日本軍は、陸海軍ともに特性のある局地戦闘機を繰りだし、壮絶な戦いをくりひろげ...

戦後史から消えた作戦参謀・服部卓四郎 辻政信より重要だった男

岩井秀一郎

戦後史から消えた作戦参謀・服部卓四郎 辻政信より重要だった男

岩井秀一郎

太平洋戦争における帝国陸軍の問題は様々に指摘されているが、歴史研究者の岩井秀一郎氏は、その著書『敗北の作戦参謀』で、「服部卓四郎」を典型とした「作戦参謀」という存在の重要性を指摘している。そもそも、服部とは何...

インパール作戦はなぜ失敗したのか 牟田口廉也が犯した致命的ミス

大木毅

インパール作戦はなぜ失敗したのか 牟田口廉也が犯した致命的ミス

大木毅

太平洋戦争中の日本陸軍というと、失策を重ねたイメージが強い。しかし、南方攻略作戦のように成功を収めたものもある。一方で、インパール作戦のように悪名高いものもあるのも事実だ。2つの作戦の明暗を分けたものは何だった...

失策ばかりではなかった日本陸軍 昭和天皇も評価した南方攻略作戦

大木毅

失策ばかりではなかった日本陸軍 昭和天皇も評価した南方攻略作戦

大木毅

太平洋戦争中の日本陸軍というと、失策を重ねたイメージが強い。しかし現代史家の大木毅氏は「勝てぬ戦争に踏み切った根本的なミスはあるにせよ、明治建軍以来、日清・日露の両大戦、満洲事変や日中戦争等の実戦を経て練り上...

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