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豊臣秀吉が残した“足利家”…栃木県さくら市の史跡をめぐる

2021年03月10日 公開
2022年11月16日 更新

『歴史街道』編集部

 

この地の歴史が学べる「さくら市ミュージアム」

さくら市ミュージアム
さくら市ミュージアム(栃木県さくら市氏家1297)

平成5年(1993)に開館し、さくら市誕生とともに「ミュージアム氏家」から「さくら市ミュージアム ー荒井寛方(かんぽう)記念館―」となる。

さくら市にかかわる美術や歴史の特別展、企画展を開催し、さくら市の原始・古代から現代までの常設展示では、喜連川足利家の歴史を紹介している。

また、さくら市出身の日本画家・荒井寛方の作品や、鋸研究家の吉川金次より寄贈された約300点の鋸、妻がさくら市出身の野口雨情の原稿など、貴重な資料を展示している。

 

その他の歴史スポット

【勝山城跡】
鎌倉時代末期、氏家氏によって鬼怒川を見下ろす断崖を利用して築かれた。慶長2年(1597)に廃城。

史跡公園として一部整備されており、本丸部分には、櫓台跡、調査で確認された大手門の橋脚から復元された橋、土塁、堀の遺構がある。

勝山城跡とそれに続く氏家ゆうゆうパークは、さくら市を代表する桜の名所。

【今宮神社】
創建は康平3年(1060)とされ、素戔嗚命が主祭神。

正安2年(1300)に、氏家公宗によって現在の地へ遷宮されたことが、「今宮祭祀録」にある。

境内にある大公孫樹(おおいちょう)は樹齢六百年を超えていると言われており、「さくら市指定天然記念物」のほか「栃木県指定名木百選」でもある。

【西導寺】
建久2年(1191)、氏家氏の始祖・公頼が建立したと伝えられる。

境内には鎌倉に引けを取らない中世の大型五輪塔三基が並んでいて、氏家氏三代の供養塔とも伝えられる。

【光明寺】
勝山城主の芳賀氏により、応永34年(1427)に創建されたと伝わる。

境内には、宝暦9年(1759)、宇都宮藩の御用鋳物師(いもじ)・戸室(とむろ)卯兵衛が鋳造した、身の丈約3メートルの青銅造不動明王坐像(栃木県指定文化財)がある。

なお、本像鋳造時の木型がさくら市ミュージアムに保存展示されている。

瀧澤家住宅
瀧澤家住宅

【瀧澤家住宅】地主、養蚕業や会社・銀行の設立と経営を手掛け、渋沢栄一などによる事業にも参画した、明治時代の栃木県を代表する実業家・瀧澤喜平治の旧宅。

旧奥州街道沿いの長屋門、望楼を乗せた蔵座敷、修復を終えてギャラリーとして活用されている鐵竹堂(てっちくどう)が県指定文化財で、庭なども含め、かつての面影を留めている。

【弥五郎坂】
天文18年(1549)、那須氏と宇都宮氏が激突した早乙女坂の戦いの跡地。

中世の記録「今宮祭祀録」(西導寺蔵)にも書かれており、そのとき敵将を討った鮎ヶ瀬弥五郎の名前をとって、「早乙女坂」から「弥五郎坂」になったという。

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