
現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』で注目を集める豊臣秀吉。戦国時代随一の出世を遂げ、「人たらし」のイメージが定着していますが、その素顔はなかなかにクセの強い人物だったようです。現代人の常識からは想像もできない「奇行」とは?
歴史学者の本郷和人氏が、天下人の「リアルな姿」に迫ります。
※本稿は、本郷和人監修、滝乃みわこ著『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』(ダイヤモンド社)より一部抜粋・編集したものです。
豊臣秀吉は当時としてはめずらしく、恋愛結婚をした妻のねねをとても大事にしていました。秀吉が戦でねねのそばを離れていたときに送った、こんな手紙があります。
具合が少しよくなったと聞いて一安心。帰ったらすぐにお見舞いに行くからね。下剤を飲んで、うんこ(大便)をちょっとでもいいから出していこう!
追伸:やっぱり下剤を飲んで、うんこを出そう! うんこがどのくらい出たか、めでたい知らせを待ってるね。(以上、現代語訳)
どうやら、ねねは便秘で苦しんでいたようです。「大便」3連発の手紙を送られたねねは恥ずかしかったかもしれませんが、ふたりがかなりの仲良し夫婦だったことが伝わります(まあ、秀吉の子を産んだ側室の茶々は戦場に連れて行っているのですが......)。
その後も秀吉はねねに、
今度の遠征では白髪が増えちゃって、ねねに会うのが恥ずかしいよ。ねねにだけは、そんな気づかいはしなくていいと思うけど......。(以上、現代語訳)
と、かわいい手紙を書いています。側室がたくさんいても「ねねだけは特別」と言われたら悪い気はしなかったのでしょう。
「人たらし術」で出世したといわれる秀吉は、家族に対しても気づかい上手だったのかもしれません。
戦国の世を勝ちぬき、日本統一を果たした豊臣秀吉。かれはつねに「信長超え」にこだわっていました。
信長超えの人気を獲得するために、秀吉は「お金配りおじさん」になりました。
現代でいう約63億円もの金銀を積みあげ、たった1日で武将や公家たちにばらまいたのです。見物料1万円を徴収した信長と正反対の大サービスですね(編集部注:信長は安土城に多くの武将を招き、現代の価値で見物料1万円ほどを徴収した。『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』参照)
信長を超える豊かさをアピールするために、秀吉は「黄金の茶室」もつくりました。もともと茶の湯はせまくて暗い空間で質素に楽しむものですが、かれは茶室を金ピカにかがやかせたのです。
この茶室は持ち運びもできたため、京都の北野天満宮で開いた北野大茶の湯にも「黄金の茶室」を持っていき、身分の高い人から庶民まで1000人を超える人たちに、千利休たちとともに茶をふるまったといわれています。
さらに「瓜畑遊び」というコスプレ大会まで開くパリピぶり。これは武将たちが物売りやお坊さんの仮装をし、かれ自身も瓜売りの格好をしてショートコントをするというイベント。
しかしこれは大量の死者を出した朝鮮出兵前のタイミングだったので、武将たちは内心「はしゃいでる場合かよ!」とイラついたことでしょう。
更新:06月21日 00:05