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なぜスイスとシンガポールは「世界の金庫」に? 山と海が武器になる納得の理由

宇山卓栄(著作家)

スイスとシンガポールが「世界の金庫」になった理由は、地図を見ればわかるという

世界中の超富裕層が自分の資産を守るために求めるもの、それは「安全」です。彼らから不動の支持を得ているのがヨーロッパの「スイス」とアジアの「シンガポール」。どちらも資源を持たない小国でありながら、なぜ「世界の金庫」として存在し続けられるのでしょうか。その秘密は、スイスの「山」とシンガポールの「海」――両国が持つ地理的特性にありました。地図を見ればわかる、小国の生存戦略に迫ります。

※本稿は、宇山卓栄著『「地理で考える」は武器になる』(秀和システム新社)より一部抜粋・編集したものです。

 

マネーがもつ「臆病」という性格

金融を理解するための第一歩は、マネーの「性格」を知ることです。マネーは極めて「臆病」です。少しでも危険な匂いがすれば、光の速さで逃げ出します。逆に、絶対に安全だと確信できる場所には、磁石のように吸い寄せられ、そこに滞留します。

世界中の超富裕層が、自分の資産を守るために最も気にしていることは何でしょうか。「もっと増やしたい」ではありません。「絶対に減らしたくない」です。戦争、革命、国家による没収、ハイパーインフレ…。歴史上、富は常に暴力や政治の犠牲となってきました。だからこそ、彼らは利回りの高さよりも、「何があっても壊れないシェルター」を血眼になって探しています。

そのシェルターとして選ばれ続けているのが、ヨーロッパの「スイス」と、アジアの「シンガポール」です。
興味深いことに、この二国には共通点があります。どちらも資源を持たない小国であり、大国に囲まれた不安定な位置にありながら、地理的特性を極限まで利用して「信用」という城壁を築き上げた点です。

一つは「山岳要塞」。
もう一つは「海洋要塞」。
それぞれの地理的ロジックを見ていきましょう。

 

スイス―アルプスという「天然の防空壕」

【1】地形が作った「武装中立」
スイスと聞いて思い浮かべるイメージは『アルプスの少女ハイジ』のような牧歌的な風景かもしれません。しかし、地政学的なスイスの顔は、ハリネズミのように武装した「要塞国家」です。

スイスは、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリアという、歴史的に何度も戦争を繰り返してきた大国に四方を囲まれています。本来なら、真っ先に侵略されて消滅してもおかしくない位置です。しかし、スイスには「アルプス山脈」がありました。国土の大部分を占める険しい山々は、天然の城壁として機能しました。ナポレオンもヒトラーも、スイスを完全に屈服させることのコスト(損害)が、得られる利益を上回ると判断し、侵攻を躊躇しました。

この「攻めにくい地形」が、スイスの国是である「永世中立」を可能にしました。中立とは、単に「戦わない」と宣言することではありません。「攻め込んできたら、全土を焦土にしてでも反撃する」という実力(地形的・軍実に潜む抑止力)があって初めて成立するものです。

スイスの山々の地下には、無数のトンネルや掩体壕が掘り巡らされています。かつては軍事用だったこれらの地下施設が、現在では何に使われているかご存知でしょうか。金の延べ棒や、貴重な美術品を保管する「巨大金庫」として使われているのです。

物理的に軍隊ですら突破できない山の中の金庫。これ以上のセキュリティは世界中どこを探してもありません。スイス銀行の信頼性は、厳格な守秘義務という法律だけでなく、アルプスという「物理的な難攻不落さ」によって裏付けられているのです。

【2】傭兵から銀行家へ ── 「守る」ビジネスの転換
スイスが金融立国になった背景には、貧しい山岳国家としての悲しい歴史があります。産業革命以前、山ばかりで作物が育たないスイスの最大の輸出品は、なんと「人間(傭兵)」でした。屈強なスイス男児たちは、出稼ぎとしてヨーロッパ中の戦場へ送り出され、契約を遵守し、雇い主のために死ぬまで戦うことで有名でした(現在でもバチカン市国を警護しているのはスイス衛兵です)。

「命をかけて、顧客と契約を守る」
この傭兵ビジネスで培われた職業倫理が、形を変えて継承されたのが「プライベートバンキング」です。17世紀以降、宗教戦争などでヨーロッパが混乱すると、各国の王侯貴族たちは、自分の財産を安全な場所に隠したいと考えるようになりました。そこで彼らが頼ったのが、かつて自分たちの命を守ってくれたスイス人たちでした。

「やつらは口が堅い。そして、アルプスの奥地までは誰も追ってこられない」
こうして、スイスは「命を開けて守る傭兵」から「資産を守る銀行家」へと華麗な転身を遂げました。他国の干渉を許さない山岳地形と、顧客の秘密を墓場まで持っていくというメンタリティ。この二つが融合し、スイスは世界中のブラックマネー(とホワイトマネー)が流れ込む、巨大な貯水池となったのです。

 

シンガポール―マラッカ海峡という「物流の心臓」

【1】「アジアのスイス」を目指した島国
一方、アジアの金庫であるシンガポールには、山がありません。最高峰のブキ・ティマ山でも標高163メートル。丘のようなものです。しかし、シンガポールにはスイスにはない最強の武器がありました。それは「海」です。より正確には、「マラッカ海峡」という立地です。

1965年、マレーシアから追い出される形で独立した当時のシンガポールは、資源も水もなく、国民の統合も取れていない、吹けば飛ぶような小国でした。建国の父、リー・クアンユー首相が生存戦略として手本にしたのが、遠く離れたヨーロッパの小国、スイスでした。「東洋のスイスを目指す」というスローガンは、単なる憧れではなく、大国に囲まれた小国が生き残るための極めて冷静な計算でした。

【2】「モノ」が集まる場所には「カネ」が集まる
シンガポールは、太平洋とインド洋を結ぶマラッカ海峡の出口に位置しています。ここは、中東の石油、欧州の製品、アジアの部品が行き交う、世界物流の「大動脈」です。リー・クアンユーは、この立地を最大限に活かし、国全体を巨大な自由貿易港に作り変えました。関税をなくし、インフラを整備し、世界中の船を呼び込みました。

ここからが地理的思考の重要なポイントです。「物流」のハブは、必然的に「金融」のハブになります。なぜなら、モノが動くところには必ず決済が発生し、保険が必要になり、為替交換が行われるからです。港にコンテナが積み上がるにつれて、シンガポールの金融街には銀行の支店が林立するようになりました。

【3】カントリーリスクという「追い風」
さらに、シンガポールにとっての幸運は、周りの国々の政治情勢が不安定だったことです。インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム…。20世紀後半の東南アジアは、共産化の波やクーデター、通貨危機など、常に政情不安のリスクに晒されていました。

この「不安定な地域」の中に、ポツンと一つだけ、独裁的ではあるものの法治が徹底され、英語が通じ(英領だったため)、通貨が安定している国がありました。周辺国の富裕層や華僑たちは、自国の通貨や政府を信用していません。彼らは、何かあった時に備えて、資産を安全なシンガポールへ避難させようとします。

スイスが「アルプスの壁」で物理的に守られているのに対し、シンガポールは「法と制度の壁」で資産を守っています。独裁とも言われる強力なリーダーシップで政治を安定させ、「シンガポールに置いてある金だけは、絶対に安全だ」というブランドを国家ぐるみで作り上げたのです。

 

小国が生き残るための「地理的差別化」

スイスとシンガポール。地球の反対側に位置するこの二つの国は、「大国の狭間にある」という地政学的なピンチを、「中立地帯」というビジネスチャンスに変えました。

大国(アメリカや中国)は、自国の論理や規制でマネーを縛ろうとしますが、マネーはその束縛を嫌います。スイスとシンガポールが見出したのは、大国の支配が及ばない「隙間」に、物理的・制度的に堅牢な金庫を用意するという生存戦略でした。資源を持たない小国にとって、「ここに置けば安全だ」という信用こそが、最大の商品だったのです。

プロフィール

宇山卓栄(うやま・たくえい)

著作家

昭和50年(1975)、大阪府生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、現在にいたる。テレビ、ラジオ、 雑誌など各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説している。

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