2026年03月30日 公開

現在、紛争地域に世界中が注視している。長く続いた戦争はどのようにすれば終わるのだろうか。ここでは、第一次世界大戦の終結と、その後の影響、そして第一次世界大戦の歴史から日本人が学ぶべきことについて、Q&A形式で解説しよう。
【宇山卓栄(うやまたくえい/著述家)】
昭和50年(1975)、大阪府生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、現在に至る。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説している。著書に『「民族」で読み解く世界史』『世界「民族」全史』など、近刊に共著の『日本人が知らない!世界史の原理』がある。
第一次世界大戦で、イギリスやフランスは、経済大国となっていたアメリカから巨額の戦費を借り入れました。またアメリカも、イギリスやフランスがドイツよりも優勢と見て、個人・法人、国家に至るまで、進んでイギリスの戦債を買い支えました。
当初、アメリカは経済的な支援を両国にしていたに過ぎず、中立を建前としていましたが、予想以上にアメリカ人による両国への戦債投資が進みました。
その最中の1917年、ロシアで革命が勃発し、ロシア帝国が崩壊。ロシアが混乱に陥り、ドイツに有利な状況となると、アメリカ人は動揺しました。もし、イギリス、フランスが敗北すれば、対米負債の支払いが困難になり、アメリカは大きな経済的ダメージを被ってしまいます。そこでウィルソン大統領は、ドイツの無制限潜水艦作戦に対抗することを口実に参戦するのです。
アメリカの参戦により、大きく戦局が動き、ドイツとオーストリアの敗北が決定。第一次世界大戦は、ロシア、オーストリア、ドイツの三帝国の崩壊によって終結しました。
日本は第一次世界大戦で中国の権益を確保し、アジア地域で大きな存在感を発揮しました。ただアメリカやイギリスなどのヨーロッパ列強にとって、日本という新興勢力は目障りとなります。
アメリカのハーディング大統領は1921年、ワシントン会議を開催し、アジア・太平洋地域の戦後秩序を取り決めます。このワシントン会議で、日本は孤立させられ、イギリス、アメリカと対立しはじめます。この孤立こそが、日本が太平洋戦争へと突入し、破滅する出発点となるのです。
また、戦場となったヨーロッパはその力を低下させ、戦場とならず、ヨーロッパに対する債権国となったアメリカが台頭します。
これらの国際情勢の変化とは別に、イギリスの外交が大きな禍根を残すこととなりました。イギリスは大戦中、戦局を有利なものにするために、三つの秘密条約を締結していました。これが、今日まで続く中東問題の原因とされるのです。
第一次世界大戦中、イギリスはドイツやその同盟国オスマン帝国と戦い、苦戦していました。戦争の資金繰りにも苦しみ、ユダヤ人財閥ロスチャイルドに、資金援助を要請。援助と引き換えに、パレスチナの地に、ユダヤ人の国を建国することを約束しました。
この「バルフォア宣言」では、パレスチナにおけるユダヤ人の「national homeナショナルホーム」の建設が言及されています。イギリスの言い分としては、「nation」や「state」とは言っておらず、「居住地」の建設を約束したに過ぎないとされます。ユダヤ人国家建設を約束したものではないというのです。しかも、パレスチナ先住民における権利を確保することが明記されています。
ただ、この言い分はムリがあるでしょう。「national home」の「national」は「国民の」や「国家の」という意味があり、単なる「居住地」を超えた主権性を帯びたものと捉えることができるからです。実際に、ユダヤ人らには、国家建設と捉えられたのです。
またバルフォア宣言に先立つ1915年、イギリスはオスマン帝国に対抗するため、オスマン帝国の支配下にあるアラブ人に接近。アラブ人に戦争協力と引き換えに、アラブ人の国家建設を約束したフサイン・マクマホン協定を締結します。
その一方で、イギリスは翌1916年、大戦後にオスマン帝国の領土を、フランスとともに分割支配することを約束したサイクス・ピコ協定も締結しました。
1915年のフサイン・マクマホン協定、1916年のサイクス・ピコ協定、1917年のバルフォア宣言の三つのイギリスの外交は、その内容に矛盾を抱えているとされ、「三枚舌外交」と呼ばれます。
アラブ人の独立を約束し、一方ではオスマン帝国を分割して手に入れる条約を結び、パレスチナにはユダヤ人国家を認めるなど、互いに両立不可能で、矛盾した内容の秘密条約とされるのです。
しかし、パレスチナに関して言えば、フサイン・マクマホン協定で約束されたアラブ国家の範囲に、同地が含まれるかどうかが問題となります。
一般的な概説書には、パレスチナが含まれると解説されるのですが、必ずしもそうとは言えません。シリアの地中海沿岸部、レバノンなどはフサイン・マクマホン協定でハッキリと含まれていないことが記されており、その続きで、南のパレスチナ地域も含まれていないともいえるのです。
となると、イギリスの言い分として、紅海東岸にアラブ人のためのヒジャーズ王国建国を支援するなど、アラブ人との約束を守りつつ、パレスチナにおいては、先住民における権利を守りながら、ユダヤ人の入植を認めていったのであり、「三枚舌外交」として批難されるべきものではない、ということになります。
また、オスマン帝国領のアラブ地域を英仏が分割したサイクス・ピコ協定では、パレスチナを「国際管理」と定めており、バルフォア宣言とは矛盾するとも言えません。実際に、パレスチナは第一次世界大戦後、イギリスの委任統治領下で、ユダヤ人移民に対して抑制的に運営されていました。
こうして見ると、パレスチナ紛争はイギリスの「三枚舌外交」が遠因であるものの、それ以外の要因もあると言えそうです。ただ、今日のパレスチナ紛争は、第一次世界大戦の国際紛争の拡がりの中で生じた対立であることは間違いありません。
第一次世界大戦は、ヨーロッパ南東部に位置するバルカン半島における対立からはじまりました。当時のヨーロッパ諸国のバルカン半島の利権をめぐる対立を形容して、「バルカンはヨーロッパの火薬庫」と言われました。実際、「火薬庫」に火が付いて、ヨーロッパやアジアに戦火が拡大し、大戦となったのです。
現在、極東において、日本、台湾、中国、北朝鮮、ロシアがせめぎ合う状況を、第一次世界大戦前のバルカン半島に喩え、「極東は世界の火薬庫」と表現されています。世界史的に見ても、これほどの対立と緊張をはらんだ危機的な国際情勢は、他にないと言っても過言ではありません。
日本は北朝鮮や中国という「民主主義ではない国」と隣接しています。北朝鮮は核兵器を保有し、中国は軍備を拡大し、日本にとって、大きな脅威となっています。日本を取り巻く現在の極東情勢は危機的な状況で、ひと度、何らかのバランスが崩れはじめると、軍事衝突が発生してもおかしくありません。
しかし、日本国内は一応、平和であり、その日々の平穏が、目の前に起こっている危機を見えなくさせています。現在、ウクライナ戦争や中東紛争が起こっています。
更新:04月01日 00:05