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渋沢栄一の孫が「紙幣を無価値」に? 税率90%、預金封鎖...戦後日本を救った壮絶な決断

幸田真音(作家)

日本銀行

渋沢栄一は日本資本主義の父と称される偉人だが、その孫である敬三も、実は後世に語り継がれるべき人物であった。破綻寸前だった戦後日本の経済を救うため、敬三が行なった驚くべき手法とは。
渋沢敬三を主人公とする小説『金融緊急措置 渋沢敬三、終戦後の決断』を上梓した作家・幸田真音氏が、その偉業の一端を語る。

※本稿は、『歴史街道』2026年3月号より一部抜粋・編集したものです。

 

戦後の日本が置かれた厳しい状況

日本の財政は敗戦によって著しく硬直化し、破綻寸前となっていました。

まず、海外領土を返上し、国土は開戦前の約半分に。しかも国内は戦禍により焦土と化し、徴兵によって労働力が激減したうえ、あらゆる産業が軍事物資の生産に転換させられていたため、食料や日用品などの生産力を失い、物資の供給力は極限まで逼迫していました。

復員により労働人口が回復しても、雇用先がありません。人が増えれば需要も増加するのでさらに需給バランスは崩れ、モノの価格は高騰、インフレの亢進で通貨価値は大暴落。
一方で、戦時中に発行された「戦時国債」が、1500億円にまで積み上がっていました。

GHQの占領政策の下、極端なインフレと戦いながら、超巨額の戦時国債をいかに処理するか。その難題に挑んだのが、日本資本主義の父といわれた渋沢栄一の嫡孫で、幣原喜重郎内閣の大蔵大臣を務めた渋沢敬三でした。

 

GHQをも驚愕させた「起死回生」の策

敬三は、池田勇人ら大蔵省の精鋭と協議を重ね、「財産税で賄うしかない」という結論に辿り着きます。つまり貯金や有価証券、不動産など、国民のあらゆる財産への課税です。
ただ敬三がこだわったのは「漏れなく公正に、かつ一度だけに」ということでした。

税率は、財産の多寡によって25%から最高は90%。持たざる者も4分の1、富裕層には9割もの税を課すのです。国民の苦渋を思えば、一度きりで終わらせなければなりません。いわゆる「戦争成金」など、戦争で生まれた格差もこれで是正できると考えました。

これを聞いたGHQは、驚愕します。「本当にそんなことができるのか」と。しかし、この策は実のところ、GHQの占領方針とも嚙み合うものでした。

GHQの狙いは、日本に二度と戦争を起こそうなどと思わせないこと。財閥は骨抜きにしたいが、国民の自立は望ましい。その意味では、「日本経済を立て直しつつ、富を有する者らは叩ける」財産税の徴収は、ある意味GHQの意向にも沿うものでした。

とはいえ、政策実現は困難を極めます。保有資産の把握は容易ではなく、隠れたタンス預金などの調査は不可能です。そこで行き着いたのが「新円切替」、すなわち通貨を一新して旧紙幣を使用不可にするわけです。紙屑になってしまうとなれば、全部出してきますよね。

ただし、新紙幣を刷るにも、戦争で印刷機も紙もインクも枯渇。全国各地への配布手段もない。そこで薄紙で小さな証紙を作り、それを旧紙幣に貼って、「新紙幣」としました。
それでもインフレは抑えられず、やむなく預金封鎖に踏み切ります。全国民に一世帯あたり、月に「500円生活」を強いたのです。

富裕層を破産に導く財産税の徴収、それを実行するための新円切替に預金封鎖。国民には過酷極まりない政策で、敬三自身も私財を失うものですが、それでも敬三が断行したことで、日本は「沈没」を免れたのです。

 

「取るものは取るが、払うものは払う」

これらを、敬三は当然ながら、GHQの許可を得て行ないました。もちろん、GHQの意を汲んでばかりいたわけではありません。

戦時中に政府が企業に発注していた事業についての支払いは、敗戦によって滞っていましたが、この軍需補償は守るとの信念を、敬三は堅持します。
敗戦したから払わないというのでは、国が企業を騙したことになり、国の信用にかかわるから絶対に避けたいと。

GHQは断固支払いに反対しますが、敬三は「財産税の徴収と、必ず同時に処理すること」を条件に、これを認めさせています。

また、先述した「証紙を旧紙幣に貼る」というアイデアに対しても、GHQは当初、偽造のリスクがあるとして承認しませんでした。しかし、この案がノーなら蔵相を辞任するとまで言い切る敬三に、GHQ側が慌てて折れ、証紙案も採用されています。
我欲に無縁な敬三は、決してGHQの「言いなり」ではなかったのです。

国民に究極の苦痛を強いる決断は、誰にでもできることではない。誰もやりたくないことでしょう。おそらく、「渋沢」の家に生まれた敬三でなければ不可能でした。祖父栄一が築いた日本経済の後処理をすべく、戦後のこの時期に、「渋沢敬三」が存在していたことは、まさに"天の配剤"だったのかもしれません。

この一連の「金融緊急措置」が一段落するのを待って、敬三の公職追放が行なわれました。それは、彼がこの危機を乗り切るのに不可欠な人物と、GHQでさえも認めていた証左だったように思えてなりません。

翻って、現在の日本。GDPの2.5倍にまで膨らんだ債務に、出口戦略はあるのでしょうか。誰がその決断をしてくれるのか──。
歴史を経済の視点で見つめ直すことは、現代との相似形に学ぶという意義もあるのです。

プロフィール

幸田真音(こうだ・まいん)

作家

昭和26年(1951)生まれ。米国系投資銀行等で債券ディーラーなどを務め、平成7年(1995)、『小説ヘッジファンド』で作家デビュー。12年(2000)の『日本国債』がベストセラーに。『天佑なり 高橋是清・百年前の日本国債』で新田次郎文学賞受賞。

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