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バブル崩壊、関税合戦、石油危機...激動の昭和から読み解く「日本経済復活のヒント」

岡田晃(経済評論家・大阪経済大学特命教授)

昭和史から日本経済復活のヒントを読み解く

「昭和」というと、どんなイメージがわくだろうか。「昭和レトロ」といったポジティブなイメージを持つ人もいれば、時代遅れとみられる事象を「昭和的な」と表現するなど、ネガティブに捉える人もいるだろう。

経済評論家の岡田晃氏は、最新刊『経済で読み解く昭和史』において、昭和のプラス面とマイナス面を教訓とすべきと指摘しつつ、「昭和経済の歴史には、令和の経済が元気を取り戻すためのヒントが詰まっている」と語る。昭和から導き出せる教訓とは何なのだろうか。

※本稿は、岡田晃著『経済で読み解く昭和史』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

今日の土台をつくった昭和

1926年12月25日、大正天皇の崩御に伴い昭和天皇が即位、元号が「昭和」となった。それから100年。最近は昭和が話題になることが多くなっている。

年配者など昭和を知る世代は自分が若かった頃、あるいは日本が元気だった時代を懐かしむ一方、若い世代は「昭和レトロ」といったものを新鮮に感じるようだ。だがその反面、パワハラ、セクハラをはじめ、時代遅れとみられる事象が「昭和的」と否定的に表現されるケースも増えている。これらポジティブな面もネガティブな面もあわせて、昭和時代に形づくられた政治・経済・社会のあり方や価値観などの多くが土台となって、令和の日本が成り立っている。

だからこそ令和に生きる我々にとって、昭和から学ぶことは多い。昭和の経済成長ぶりとその背景など、さまざまな良さや知恵を再認識することで前向きな気持ちを持てるし、それらを受け継いで将来に活かすことができる。その一方で、昭和時代から今なお引きずっている各種ハラスメントや企業統治(コーポレートガバナンス)の欠如、ジェンダー格差などの問題点は、改革していくことが急務だ。

 

戦前の歴史に3つの教訓

昭和は64年間(正味62年間と14日)続き、日本の歴代元号で最長だ。それだけに大きな変動が繰り返し起こった。昭和時代を経済面から概観すると、まず戦前は、金融恐慌(昭和2年)、世界大恐慌(昭和4年)による昭和恐慌という2つの経済危機とともに始まった。これが背景の一つとなって戦争への道を突き進み、悲惨な結果をもたらした。この歴史を繰り返してはならないのはいうまでもない。

それだけではない。拙著『経済で読み解く昭和史』で詳述したが、戦前の経済には3つの重要な教訓がある。

第一の教訓は、昭和初期の連続的な経済危機はバブル経済の崩壊でもあったことだ。大正時代にバブル経済を謳歌したものの、銀行の不良債権が膨らんでいたことが背景となっていたのである。しかも経済危機は政策の誤りによって一段と深刻化した。当時の政権は不況下にあるにもかかわらず、金解禁と財政緊縮にこだわり、デフレ不況が長期化したのだった。

この経過は、昭和末期から平成初期にかけてのバブル経済とその崩壊の背景や経過と実によく似ている。政策面でも、日本銀行(以下、日銀)が「バブルつぶし」のため株価暴落のさなかに大幅利上げを続け、その後のデフレ不況下でも財政緊縮や金融引き締めに動くなど、政府も日銀も政策の誤りを繰り返した。

第二は、昭和恐慌時に大蔵大臣となった高橋是清の経済政策によって、いったんは危機から脱し景気が回復していたことだ。その内容は、緊縮財政から積極財政への転換、金輸出の再禁止による金融緩和と円安などが柱で、今でいうリフレーション政策だった。だが、二・二六事件(昭和11年)で高橋は非業の死を遂げ、経済再建も頓挫する。これを機に日本は戦時経済体制、そして戦争へと突き進んでいったのであった。

第三は、世界大恐慌をきっかけに、米国が自国産業保護を大義名分として関税の大幅引き上げに踏み切り、欧州各国も報復のために関税引き上げに走ったことだ。激しい関税合戦で各国の対立が深まり、それが第二次世界大戦を引き起こす経済的背景の一つとなった。

同じ過ちを繰り返してはならない。最近の米国トランプ政権による関税政策が世界を揺るがしただけに、その思いを強くする。

 

奇跡の復興から高度経済成長―戦後にも3つの教訓

さて、昭和20年(1945)の敗戦で経済は壊滅状態となったうえに、食糧難とハイパーインフレが多くの国民を苦しめた。

だがそこから奇跡的な復興を成し遂げ、昭和30〜40年代に高度経済成長を実現する。三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)や3C(カー=自動車、クーラー、カラーテレビ)など耐久消費財の急速な普及で生活水準が向上し、昭和40年代前半には毎年10%を超える経済成長率が続いた。まさに日本が元気だった時代だ。

ところが、昭和48年に第一次石油危機が起きる。「狂乱物価」 という言葉が生まれ、実質経済成長率は戦後初めてマイナスとなり、高度経済成長は終わりを告げた。

だが、ここでやや意外な展開があった。石油危機勃発からわずか1カ月余り後、当時の田中角栄内閣がインフレを抑制するため総需要抑制策を閣議決定し、大型プロジェクト凍結を打ち出した。田中首相といえば日本列島改造論。その看板政策を棚上げにしたのだ。思い切った政策転換だった。

同時に、徹底した石油消費の節約を呼びかけた。さらに産業界全体に省エネ技術の開発や省エネ体質への転換が進み、日本は省エネ大国として世界から認められるようになる。

これらのきわめて迅速かつ徹底した対策の成果が表れ、実は日本は欧米より早くインフレ鎮静化と不況脱出を実現できたのである。

石油危機を乗り越えた日本経済は、昭和50年代後半以降に再び拡大軌道に乗っていく。この時期には、ハイテク技術の発展と普及が経済発展の新たな原動力となった。昭和60年からは急激な円高に見舞われるが、これも多くの企業が内需拡大と海外生産の拡大によって乗り越え、昭和の終わり頃にはバブル期を迎えた。

このような戦後経済の歴史からは、次の3つの教訓をくみとることができる。

第一は、何といっても当時の人たちが前向きなマインドと旺盛なバイタリティを発揮して、奇跡の復興と高度経済成長を実現する原動力となったことだ。バブル崩壊以後の日本は元気をなくした感があるが、今こそ前向きなマインドをとり戻したい。

第二は、「メイド・イン・ジャパン」 の実力だ。多くの日本企業は持ち前の技術力を磨き、高品質の製品を生み出して世界中から高く評価されるようになった。平成の経済低迷とともに、日本のモノづくりは衰退したなどといわれたが、そうした底力は決して失われたわけではない。例えば、日本の電子部品や半導体製造装置などは、世界のITを支える重要な存在となっており、 「メイド・イン・ジャパン」 への高評価は昭和時代のそれを上回るほどになっている。それも、昭和時代の礎があったからこそではないか。

第三は、政策の重要性だ。前述のように、石油危機では田中内閣の迅速な対応によって欧米より早く危機を脱し、省エネ体質を作り上げた。だが逆に田中首相の日本列島改造論は石油危機以前にインフレを招くという失敗も犯している。政府と日銀の政策は、成功と失敗の連続だったといえるほどだ。特にバブルをめぐる政策の失敗は、平成と令和の今にいたるまで、大きな傷跡を残す結果となった。

 

 「賢者は歴史に学ぶ」―危機を乗り越えてきた昭和

このように昭和は激動の連続だった。と同時に、何度も危機に直面したものの、乗り越え、新たな経済成長を遂げてきた―これが、昭和の歴史を特徴づける一つの側面である。

平成以降も、バブル崩壊、円高、金融危機、リーマン・ショック、そしてコロナ禍などを経験してきた。だが今それらを乗り越え、日本経済は長年の低迷から脱して、新たな成長軌道に乗ろうとする前向きな動きが広がっている。賃金はようやく上昇し始め、企業業績やGDP(国内総生産)など、過去最高を記録する経済指標が続出している。

インバウンドの増加に見られるように、世界中から日本への注目が集まっているのも、新たな希望だ。日本のモノづくり技術が見直されていることに加え、アニメ、文化、食、自然や歴史、さらには礼儀やマナーなどのあらゆる面で日本への評価が高まっている。それは、「日本ブーム」といえる現象だ。

だが世間では、依然として日本経済の将来について悲観論が多い。たしかに物価高や少子高齢化、人口減少など課題も多く、国際情勢も厳しい。
ただ、そうした厳しさばかりに目を奪われるのではなく、前向きな動きに目を向けて "過度な悲観論" から脱却することが課題となっている。

昭和の歴史を知ることは、その糧になるはずだ。昭和の歴史から、多くの人が元気をもらって前向きなマインドが広がり、それが日本経済本格復活の力になり得ると確信している。だが念のため断っておくが、それは決して「夢よもう一度」などという次元ではない。昭和経済の歴史には、令和の経済が元気を取り戻すためのヒントが詰まっているのである。同時に、昭和の教訓(プラス面もマイナス面も)を令和にどう活かすべきか、昭和が積み残した課題をどう克服するかなどを考えることも重要だ。

「賢者は歴史に学ぶ」という言葉がある。筆者は日本経済新聞からテレビ東京を経て現在まで日本経済を見てきたが、今のように経済情勢の変動が激しい時こそ、歴史に学ぶことが重要との思いを一段と強くしている。

拙著『経済で読み解く昭和史』は、そのような趣旨から昭和の歴史を「経済」の視点で振り返る。拙著が、令和の日本経済の本格復活、さらに次の百年の未来に向けての一助となれば幸いである。

プロフィール

岡田 晃(おかだあきら)

経済評論家・大阪経済大学特命教授

1947年、大阪市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。記者、編集委員を経てテレビ東京に異動。米国現地法人の社長、理事・解説委員長を歴任、経済番組のキャスター等を務めた。テレビ東京退職後は大阪経済大学客員教授に就任。同大学特別招聘教授を経て、同大学特命教授。経済評論家。

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