2025年02月28日 公開
司馬遼太郎氏とドナルド・キーン氏、碩学二人の語り合いを収録した『日本人と日本文化―対談』の魅力とは? 『歴史街道』1月号では、歴史学者・水谷千秋さんに、お薦めの一冊について語って貰った。
※本稿は、『歴史街道』2025年1月号「私の一冊」より、内容を一部抜粋・編集したものです
司馬遼太郎、ドナルド・キーン著『日本人と日本文化―対談』(中公文庫)
最初に読んだのは大学生の頃。碩学二人の熱のこもった座談に惹き込まれ、ページをめくる手が止まらなくなった。汲めども尽きぬ知識を披露し、同意したり批判したり、笑い合ったり、二人の自由闊達な会話を「そばで立ち聞きしているような」楽しさ。
話題になったテーマは、日本人の「ますらおぶり」と「たおやめぶり」、足利義政と東山文化、日本の美、日本人の忠義と裏切りの「伝統」、日本人のモラルは儒教か神道か、親鸞の悪人正機と西洋人、日本に来た西洋人、江戸時代の道徳等々まことに広い。
そのなかで、司馬さんの発言「薩摩人は、儒教の影響からもっとも遠かったろう」に対し、キーンさんがすかさず例証を挙げて間違いを指摘するくだりがある。司馬さんは「そんなことまで、よく知ってますね。これだからキーンさんの前ではうっかりしたことは言えない(笑)」と頭を搔いた。キーンさんの博識に驚嘆するとともに、このやりとりが削られていないところに司馬さんの度量を感じる。
10年ほど前、京都の能楽堂で念願だったキーンさんの講演を聞いた。客席はキーンさんを敬愛する人々で満席だった。講演が終わり感激した私は、スタンディングオベーションをしたくなったが、誰も立たなかったので一人立つ勇気が出なかった。このことを今でも悔やんでいる。