2019年03月29日 公開
2019年03月29日 更新
開化天皇春日率川坂上陵(奈良県奈良市)
天皇陛下の譲位と平成改元という節目の年に、歴代天皇の事績をふりかえります。今回は「孝元天皇」と「開化天皇」をお届けします。
※各天皇の年齢等については数え年で計算して記しています。
※即位年、在位年数などについては、先帝から譲位を受けられた日(受禅日)を基準としています。
※本稿は、吉重丈夫著『皇位継承事典』(PHPエディターズグループ)より、一部を抜粋編集したものです。
皇紀388年=孝霊18年(前273年)、孝霊天皇の第一皇子として誕生された大日本根子彦国牽命で、母は磯城県主大目の娘で皇后の細媛命である。
皇紀406年=孝霊36年(前255年)春1月1日、大日本根子彦国牽命が19歳で立太子される。
異母兄弟に倭迹迹日百襲姫命、彦五十狭芹彦命(吉備津彦命)、稚武彦命らがおられた。
しかし、皇位継承に問題は起きていない。先帝・孝霊天皇の意向で第一皇子の大日本根子彦国牽命が立太子された。
皇紀446年=孝霊76年(前215年)2月8日、先帝・孝霊天皇が崩御される。
皇紀447年=孝元元年1月14日、皇太子・大日本根子彦国牽命が60歳で第8代孝元天皇として即位される。
皇紀450年=孝元4年3月11日、大和国軽境原宮(奈良県橿原市)に遷都された。
皇紀453年=孝元7年春2月2日、天皇は大水口宿禰(おおみなくちのすくね)の娘・鬱色謎命(うつしこめのみこと)を皇后に立てられる。
大水口宿禰は饒速日命(にぎはやひのみこと)の4世孫か5世孫で穂積臣の祖でもあり、奈良北部(北大和)の出身である。
次の代の開化天皇が都を北大和(奈良市)に置かれたことと関連してくる。
皇后・鬱色謎命との間に皇子として大彦命(おおひこのみこと)、稚日本根子彦大日日命(わかやまとねこひこおおひひのみこと、開化天皇)、皇女として倭迹迹姫命(やまとととひめのみこと)が誕生される。
妃の伊香色謎命(いかがしこめのみこと)は大綜麻杵命(おおへそきのみこと)の娘で、大綜麻杵命は大水口宿禰の子であるから、妃の伊香色謎命は鬱色謎命の姪に当たり、後に第二皇子・稚日本根子彦大日日命の妃(皇后)となられる。
妃・伊香色謎命の皇子に武内宿禰(たけしうちのすくね)の祖父・彦太忍信命(ひこふつおしまことのみこと、比古布都押之信命)がおられ、この彦太忍信命は葛城氏・蘇我氏・平群氏・紀氏らの祖である。
またもう一人の妃・埴安媛(はにやすひめ)は武埴安彦命(たけはにやすひこのみこと)の母となられた。
皇紀468年=孝元22年(前193年)1月14日、先帝・孝元天皇の第二皇子・稚日本根子彦大日日命が16歳で立太子される。
父帝の孝元天皇在位中の早い時期の立太子であるから、孝元天皇の明確な意思による。
皇紀503年=孝元57年(前158年)9月2日、在位57年にして116歳で崩御される。
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更新:11月21日 00:05