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イギリス産業革命の引き金は「森の消滅」?島国ゆえに起きた奇跡の逆転劇

宇山卓栄(著作家)

ウエストミンスター宮殿

世界史の教科書に書かれている「18世紀後半、イギリスで産業革命が始まった」という事実。しかし当時のイギリスはヨーロッパの端にある小さな島国に過ぎず、国力ではフランスが、科学技術では中国(清)のほうがはるかに上回っていました。
なぜ、そのような国で人類の歴史を変える大変革が起きたのでしょうか。
そこには「島国」という地理的条件、「森の消滅」という絶体絶命のピンチが絡み合う、偶然のパズルがありました。教科書の裏に隠された、壮大なイノベーションの謎に迫ります。

※本稿は、宇山卓栄著『「地理で考える」は武器になる』(秀和システム新社)より一部抜粋・編集したものです。

 

地理的なピンチとチャンス

世界史の教科書には、18世紀後半にイギリスで産業革命が始まったと書かれています。ジェームズ・ワットが蒸気機関を改良し、紡績機が発明され、工場制機械工業が誕生した…。私たちはこれを当たり前の事実として暗記していますが、地理的な視点を持つと、そこには巨大な「謎」が浮かび上がります。

なぜ、イギリスだったのでしょうか?

当時のイギリスは、ヨーロッパの端にある小さな島国に過ぎませんでした。国力や人口規模で見れば、ライバルのフランスの方が圧倒的に上でした。科学技術の水準で見れば、中国(清)の方がはるかに進んでいました。それにもかかわらず、人類の生活を一変させるイノベーションは、ロンドンを中心とするこの島国で爆発しました。

その理由は「イギリス人が天才だったから」ではありません。

イギリスという土地が、「産業革命を起こさなければ生きていけない」という地理的な追い込み(ピンチ)と、それを実現できる資源という地理的なチャンスの両方を、同時に持っていたからです。

 

【1】「島国」という最強の防壁

第一の要因は、イギリスがドーバー海峡によって大陸から切り離された「島国」であったことです。

当時、ヨーロッパ大陸は大国同士が領土を奪い合う戦争に明け暮れていました。フランスもドイツ(プロイセン)も、国境を接する隣国からの侵略に備えるため、莫大な予算と人的リソースを陸軍に費やす必要がありました。

しかし、海に守られたイギリスは、本土侵略のリスクが極めて低かった。そのため、軍事費を陸軍ではなく「海軍」と「通商」に集中させることができました。

さらに重要だったのは、国内の政治的安定です。大陸諸国が戦火に焼かれる中で、イギリス国内では資産が破壊されるリスクが低く、人々は安心して長期的な投資を行うことができました。工場を建て、高価な機械を導入するというリスクの高い行動は、「明日もこの工場が破壊されずにここにある」という地理的な安全保障があって初めて可能になるのです。

 

【2】「木材不足」というエネルギー危機

しかし、平和な島国であることだけでは革命は起きません。イノベーションには、強烈な「必要性」が条件です。イギリスを産業革命へと突き動かした真の犯人は、実は「森の消滅」でした。寒冷なイギリスでは、暖房や料理、そして建材や造船のために大量の木材を消費しました。その結果、17世紀頃には国内の森林がほとんど切り尽くされ、深刻なエネルギー危機に陥ってしまったのです。

「木がないなら、燃える石を使うしかない」追い詰められたイギリス人が手を伸ばしたのが、地下に豊富に埋まっていた「石炭」でした。この「木材から石炭へ」というエネルギー転換こそが、運命の分かれ道でした。木材(森林)は、再生するのに数十年かかります。つまり、エネルギーの供給量に「土地の広さ」という限界があります。

一方、石炭は地下に数億年分が眠っています。掘り出しさえすれば、土地の広さに関係なく、莫大なエネルギーを取り出すことができます。イギリスは、化石燃料という「封印された太陽エネルギー」の蓋を、世界で最初に開けざるを得ない状況に追い込まれた国だったのです。

 

【3】蒸気機関は「炭鉱」から生まれた

ここで、地理的な条件がパズルのように噛み合います。石炭を掘るために深く穴を掘ると、必ず地下水が染み出してきます。この水を汲み出さなければ、採掘は続けられません。当初は馬を使ってポンプを動かしていましたが、もっと効率的な方法が必要でした。そこで発明されたのが、石炭を燃やして動かすポンプ、すなわち「蒸気機関」です。

つまり、蒸気機関は、最初から織機を動かしたり列車を走らせたりするために発明されたのではありません。「炭鉱の地下水処理」という、極めて局地的な現場のニーズに応えるために生まれたのです。もしイギリスに豊富な石炭がなく、炭鉱開発の必要がなければ、ワットが蒸気機関を改良する動機も生まれず、産業革命は数百年遅れていたかもしれません。

 

なぜ中国では起きなかったのか?

比較としてよく挙げられるのが中国です。当時の中国にも石炭はありましたし、高度な技術もありました。しかし、産業革命は起きませんでした。

その理由の一つは、地理的な「距離」です。

中国の石炭産地(北部)は、経済の中心地である長江デルタ(南部)から遠く離れていました。重い石炭を陸路で運ぶコストが高すぎたため、産業エネルギーとしての利用が進まなかったのです。

対してイギリスは、小さな島国であり、かつ多くの炭鉱が海や川の近くにありました。掘り出した石炭をすぐに船に載せ、安価な水運でロンドンや工場地帯へ運ぶことができた。

この「資源地と消費地の地理的近接性」と「水運アクセス」という幸運な条件が揃っていたからこそ、石炭を中心とした産業生態系が一気に花開いたのです。

「島国という守り」と「森林枯渇というピンチ」、そして「石炭と水運という恵み」。産業革命とは、一人の天才のひらめきではなく、イギリスという土地に刻まれたこれらの地理的条件が化学反応を起こした結果だったのです。

プロフィール

宇山卓栄(うやま・たくえい)

著作家

昭和50年(1975)、大阪府生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、現在にいたる。テレビ、ラジオ、 雑誌など各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説している。

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