『ジョーカー・ゲーム』は、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞に輝く究極のスパイミステリーである。『歴史街道』8月号では、日本近現代史を専門とする龍谷大学文学部准教授の手嶋泰伸さんに、その魅力ついて語って貰った。
※本稿は、『歴史街道』2025年8月号「私の一冊」より、内容を一部抜粋・編集したものです
ミステリー・ファンとしてではなく、日本近現代史の研究者として唸らされた。
『ジョーカー・ゲーム』は、昭和12年(1937)に日本陸軍内に秘密裡に設立されたスパイ養成学校のスパイたちが繰り広げる、ミステリー連作短編小説集の第1巻とでも言うべきものだ。収録作品の多くで、当時の社会や人々の感覚が、真相に迫るための鍵となっている。
例えば、表題作である「ジョーカー・ゲーム」では、ある陸軍中尉が養成学校のスパイたちとともに、スパイ容疑のある人物が隠した日本陸軍の暗号書のマイクロ・フィルムを探すが、なかなか見つからない。そこには、当時の軍人ならではの盲点が存在していたのである。
イギリスに派遣されながらも拘束されたスパイの脱出劇である「ロビンソン」では、外務省対陸軍という官僚機構間の対立が、上海派遣憲兵隊内部の阿片流出事件を扱う「魔都」では、上海という特殊な地域と、そこで活動する軍人の内面が、それぞれ物語の重要な要素となっている。
当時の時代背景や、軍人たちの常識、思考や行動のあり方が、日本近現代史の研究者として首肯できるものであり、それらが、真相の核として見事に組み込まれている。歴史愛好家だからこそ、より楽しめるミステリーである。
更新:09月11日 00:05