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島左近~想定外の連続!関ケ原。それでも戦人は諦めなかった

2018年11月22日 公開
2022年01月27日 更新

谷津矢車(作家)

戦の先など見えぬもの

この戦は最初から今まで、策通りになどいかなかった。置いたはずの石が何の前触れもなしに消え、理由もなく打った石が動き、石の色すら容易に変ずる、でたらめな碁を戦っているような心持にすらなった。敵味方併せて20万以上もの兵が五里霧中の中、訳も分からず駆けずり回っている。

それだけに、三成にも心から同情ができた。事実上の総大将の一人、その重圧は計り知れない。

左近はすっかり白くなった髪を撫でつけながら、息子ほども歳の離れた主君を諭した。

「この戦、確かに先は見え申さん。いや、どんな戦巧者でも、戦の先など見えぬものでござる。いや、むしろ、戦の先が読めるなどと申すは、何も知らぬ青二才の虚言でござろう」

三成は目をしばたたかせた。

「侍大将、しかもこの戦の陣立てを決めた男が、左様なことを申すか」

非難、ではなかった。むしろ、興味と意外の思いに彩られているように左近は見た。ゆえに、短く頷いて答えとした。

「この歳になっても始まりもしない戦の趨勢など分かり申さん。ゆえに、某はいくつも策を立て、自ら槍を振るうのです。すべては勝ちを得んがため。ゆえに、最後まで諦めてはなりませぬ。投了した者に、勝利の一手はやってきませぬぞ」

しばし、沈黙があった。だが、けして心地の悪いものではなかった。

ややあって、三成はゆっくりと頷いた。

「わかった。私は諦めぬ。そなたも何があっても諦めるなよ」
「無論でござる。殿が諦めても、某は戦いますぞ」

総大将の苦しみなど知りようがない。だが、少しだけでもその重圧を肩代わりすることはできぬだろうか。そう思ったればこそ、軽口が口をついて出た。

三成の顔からは、いつのまにか愁いの色が失せていた。

左近が微笑みかけたその時、ぱらぱらという雨音にも似た音が辺りに響き渡った。戦場に身を置いてきた左近にとっては聞き慣れた音だ。即座に立ち上がった左近は陣幕を捲り上げ、鉄炮音のした方に目を向けた。だが、かねてより垂れ込めている霧のせいで何も見えない。

偶発戦が起こったか。最初はそう見ていた左近であったが、やがて雨が瓦を叩くがごとき音は激しさを増していった。法螺貝の地鳴りのような音も響く。

ついに本戦が始まった。

「殿、某は前に出ますぞ」
「頼んだ、左近」

主君の言葉を背に、左近は霧の中、三成の本陣である笹尾山を下っていった。

この戦、どうなることであろうか。今日は己が骸を戦場に晒す日なのかもしれない。数々の戦に出てきた左近であってもなお、己の命を的にするかの如き戦の緊張感に未だ慣れることができずにいる。

だが、それでも。

左近は己の心中にわだかまる弱気を吹き飛ばすように咆哮し、今や遅しと下知を待つ部下たちの許へと駆け下りていった。

*  *  *

関ケ原の戦は、石田方の大敗に終わった。

三成の右腕として戦った島左近隊は、黒田隊に崩されたとも、田中吉政隊に壊滅させられたとも伝わるが、左近その人の首級はついに挙がらなかった。

その勇猛な戦ぶりが武士たちの語り草となり、関ケ原を彩る大いなる将星として人々の記憶に刻まれたのである。

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