2018年08月13日 公開
2023年01月19日 更新
濱口雄幸
そこで、当時の主張をまとめると、以下のようになる。
まず、條約反対派。
「国防は軍が担う。軍縮にかかわる権能は、天皇が保持されている統帥権の範疇であり、政府は⼝出しできない。軍⼈でもない若槻禮次郎や、彼を全権⼤使に任命した濱⼝雄幸⾸相たちには、権限も軍事的知識もないにもかかわらず、軍の納得がいかない軍縮條約を勝⼿に結んだ。これは天皇の⼤権である統帥権の⼲犯である」
これに対し、條約賛成派の⾔い分は、以下の通り。
「なるほど作戦や⽤兵については、統帥権の範疇である。しかし、軍縮は国家予算に結びついているから、これは軍政の範囲である。つまり、政府が天皇をお助けし(輔弼)、決定する事項である。ゆえに政府は、世界情勢や⽇本の国⼒を勘案してこの條約を締結した。決して統帥権を犯すものではない」
ということになる。
海軍の中には、侍従⻑になっていた鈴⽊貫太郎⼤将や軍事参議官の岡⽥啓介⼤将をはじめ、軍務局⻑の堀悌吉少将、軍縮條約会議に⾸席随員として参加した左近司政三中将ら、條約賛成派も少なからず存在していた。しかし、軍内部では「これでは⾜らん!」という勇ましい主張のほうが幅をきかせる。
善し悪しではない。
鈴⽊や岡⽥ら、⼤局観を持った軍⼈たちに敬意を持つと同時に、條約反対を叫んだ軍⼈たちの思いも、賛同しないまでも理解はできる。軍令部としては、軍艦は多ければ多いほどよいわけで、意⾒表明の仕⽅に問題があったとしても、意⾒それ⾃体が全くナンセンスだとは思えない。
理解に苦しむのは、條約反対派の軍⼈を代弁した、野党・政友会の動きである。
政友会は、国会での攻撃をしつつ、枢密院を利⽤しての條約破棄を狙った。
もちろん、⽬的は濱⼝内閣の倒閣である。
政友会は濱⼝内閣を倒すために、政争の具としてロンドン軍縮條約を利⽤した。
その主要な論点こそが、海軍の條約反対派が使った「統帥権」の論理なのである。
戦前、⼤⽇本帝国憲法が、統帥権など運⽤上課題のある條⽂、あるいは不明確な内容を持った憲法であることは、政治の現場にいる者たちはよく知っていた。
軍部もまた、憲法の不備をよく承知していた。
ゆえに、濱⼝内閣は憲法の中⾝に踏み込むことを躊躇したし、野党は憲法を持ち出して政府攻撃の道具とした。軍部は⾃⼰に都合のいいように憲法を解釈して、「軍は政府の命に従わない」という超然的な存在として⼒を振るった。
戦後、少し形は違うが、しかしやはり「憲法改正」はタブー視され、⽇本国憲法は〈不磨の⼤典〉のような扱いを受けてきた。
政治の中では、これを改正しようとする動きもなくはなかったが、結局国会内の混乱を避けるために、憲法改正が優先的に政治⽇程に載ることはほとんどなかった。
しかし、国際的、あるいは国内的状況は、⽇本にさまざまな法的変化を求めている。
たとえば、国際貢献。
中東からの原油輸送路に海賊が出没したり、過激派の活動が活発になる。⽇本は特に東⽇本⼤震災以降、原⼦⼒発電を控えてきたため、再び⽯油に頼る経済構造になりつつある。もし中東⽅⾯の政治が不安定化した場合、⽇本の経済的命脈は容易に先細る。
それは、中東の原油に依存する他の国々も同様である。
ゆえに海賊対処など、各国が互いに労⼒を出し合って助け合う環境になっている。
であれば、その状況に対応した⾃衛隊のあり⽅、国家機構のあり⽅が議論されるべきであり、当然、憲法の中⾝にも話が及ぶはずである。
しかし。
イラク派遣の際も安全保障法制の時も、結局政府は憲法に⽴ち⼊ることを避けた。憲法を論ずるよりも「現⾏憲法の解釈」を変えて対応してきた。集団的⾃衛権については踏み込んだが、保守派からも疑問が上がったように、憲法を空⽂化させる恐れさえないとは⾔えない。
筆者は、だから差し迫った脅威や現実を無視して、憲法改正を最優先に議論せよ、と⾔っているのではない。しかし、問題の根本がもし憲法にあるのだとすれば、議論を避けるべきではない。
⾃衛隊は違憲かもしれない、そんな解釈ができる憲法を放置するのは、やはり無責任である。現在あることを憲法に規定するのが、なぜ軍国主義につながるのか理解に苦しむ。むしろ、憲法の上で役割を明らかにするほうがよほど安⼼である。
国際貢献で⾃衛隊が海外派遣されるたびに憲法違反であるという議論が、国会では不⽑なほどに続く。
すでに触れたように、⾃衛隊派遣に賛成する者は、憲法改正の時間を惜しんで「合憲だ」と解釈改憲でしのぎ、他⽅、反対者は「憲法違反であるから⽌めろ」、で議論が⽌まる。「憲法違反だから憲法を改正しろ」、とは⾔わない。
政府は故意に思考停⽌し、反対者もまた思考停⽌する。
ロンドン軍縮條約で、統帥権に関して憲法解釈を⼀切拒否した濱⼝内閣、そして憲法を政争の具に使った政友会と、同様ではないか。
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更新:11月23日 00:05