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諸田玲子 帰蝶を描くことで、戦国という時代が立ち上がってきました

2015年12月04日 公開
2015年12月17日 更新

諸田玲子(作家)

PHPの小説・エッセイ文庫『文蔵』2015年12月号より

光秀の従妹にして信長の正室――帰蝶(濃姫)

諸田玲子『帰蝶』 『月を吐く』で徳川家康の正室・築山殿、『美女いくさ』では浅井三姉妹の三女で徳川秀忠の正室になった小督など、波瀾万丈の人生を生きた戦国女性を描いてきた諸田玲子さんが、『帰蝶』を上梓した。

「美濃のマムシ」と呼ばれた斎藤道三の娘で明智光秀の従妹、織田信長の正室・帰蝶(濃姫)。その生涯を大胆な推理を交えて描いた衝撃作である。

資料の少なさゆえに、これまであまり描かれてこなかった姫の生涯に、諸田さんはいま、なぜ挑んだのか。

 

戦国を舞台にすることの面白さ

――諸田さんが歴史・時代小説を書くきっかけは何だったのですか?

諸田 若いころ、永井路子さんや杉本苑子さんの歴史小説を夢中になって読んだことでしょうか。男性作家が書かれたものは、女性の描き方が画一的だなと感じていたので、女性の気持ちに寄り添った永井さんや杉本さんの小説がとても新鮮に思えたんです。歴史そのものを描くのではなく、歴史を素材にした人間ドラマを描いていらしたので、私もそこを目指そうと。

――初めての戦国ものは築山殿を描いた『月を吐く』ですが、このテーマを選んだのはどうしてですか?

諸田 築山殿は、夫である家康に殺され、息子の信康も切腹に追い込まれて、なおかつ悪女に仕立てあげられている、かわいそうな女性なんです。本当にそうなのかと疑問に思って調べてみたら、悪女のイメージは、江戸時代の文献をもとにできあがっていることがわかりました。名誉を回復してあげなくてはと、義憤に駆られて書くことにしたんです。

――『美女いくさ』では、浅井三姉妹の中から、茶々や初ではなく、三女・小督を選ばれました。

諸田 小督は、信長・秀吉・家康、天下人3人の身内なんです。信長は母・お市の兄、秀吉は姉・茶々の夫、家康は舅にあたるのですが、この3人とかかわりを持ちながら、戦国の世を生き抜いたところに魅かれました。幼い頃に母を失い、過酷な人生を生きたのに、最後は幸せをつかみとった。悲劇的な最期を遂げる女性ばかりに人気が集まっていますが、小督のようにたくましく生きた女性のことも知ってほしかったんです。

――江戸ものもたくさん書いていらっしゃいますが、戦国ものの魅力はどこにあるのでしょう。

諸田 江戸時代は、初期や幕末を除き、人々が命の危険にさらされることはありませんでした。ですので、安定した時代ならではの、ぬくもりに満ちた物語が書けるんです。

一方、戦国時代は、みなが明日死ぬかもしれないという、ぎりぎりのところで生きています。追い詰められたときどう生きるかといった切実なテーマは、戦国を舞台にしないと書けないんですね。

――戦国時代は資料が散逸していて、書くのに苦労が多いと聞きました。

諸田 乱世は、1年経ったら状況ががらりと変わるので、資料も断片的なものしか残っていません。でも、だからこそ、小説にしかできない、想像の余地がある。もしかしたら本を出した後に新しい史料が見つかって、歴史ががらりと変わるかもしれない。でもそんなことにとらわれていたら怖くて書けないので、その時点で想像力を働かせて書けばいいのだと思います。

 小説は生き物なので、作家は、10年後にまた別の小説が書けるかもしれない、と思って取り組めばいいのではないでしょうか。

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著者紹介

諸田玲子(もろた・れいこ)

作家

1954年、静岡県生まれ。上智大学文学部卒。96年、『眩惑』でデビュー。2003年、『其の一日』で第24回吉川英治文学新人賞、07年、『奸婦にあらず』で第26回新田次郎文学賞、12年、『四十八人目の忠臣』で第1回歴史時代小説作品賞を受賞。その他、「お鳥見女房」「あくじゃれ瓢六」「狸穴あいあい坂」のシリーズ、『月を吐く』『美女いくさ』『炎天の雪』『お順』『花見ぬひまの』『波止場浪漫』などの著書がある。

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