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ラテン語学習のきっかけは"夢の国のホテル" バチカンで出会った「本物の地図」

ラテン語さん(ラテン語研究者)

サン・ピエトロ大聖堂サン・ピエトロ大聖堂(撮影:筆者、以下同)

ローマの街には、街角の碑文、教会の壁、噴水の銘文など、今も都市の中にラテン語が生き続けているーー高校2年生からラテン語の学習を始め、X(旧Twitter)などでラテン語のおもしろさを発信している"ラテン語さん"。彼はどうしてラテン語を学ぶようになったのでしょうか。このたびローマを旅し、サン・ピエトロ大聖堂からバチカン美術館を訪問。「人生を決めた一枚」と出会います。

※本稿は、『今に生きるラテン語を求めて 「永遠の都」ローマ滞在記』(ラテン語さん著)より一部抜粋・編集したものです。

 

エレベーターにもラテン語が

サン・ピエトロ大聖堂私の2週間強の滞在で行った国は、イタリアだけではなかった。バチカン市国も訪問したからである。ローマ市内にあるとはいえ、そこはイタリア共和国ではなく、世界最小の独立国である。

ホテルから朝早くに出発し、到着したのはサンタンジェロ橋広場(Piazza di Ponte SantʼAngelo)。ここから、朝のまだ暗い時間に美しくライトアップされたサンタンジェロ城を見ることができる。また、サンタンジェロ橋には10体の天使の彫刻があり、通る人がそれぞれの美しさに見とれて立ち止まりながら渡っている。

サンタンジェロ城からサン・ピエトロ広場まではコンチリアツィオーネ通りが通っており、2025年の聖年に合わせて歩行者専用になったので、快適にバチカンまで歩くことができた。車はというと、新たに建設された地下道を通っている。コンチリアツィオーネ通りをしばらく歩くと、サン・ピエトロ広場とサン・ピエトロ大聖堂が見えてきた。私の著書『世界はラテン語でできている』でサン・ピエトロ大聖堂をとりあげたり、高校時代に読んだ『天使と悪魔』にもこの広場が登場したので、感慨深い瞬間だった。

まずは、バチカン博物館を目指す。開館時間の午前8時のチケットを取っていたため、すでに長くなっている当日券購入列に並ばずに済んだ。入場列に並んでいたら、係員からチケットを見せるように言われ、提示すると「並ぶ列は隣です」と言われた。チケットには入場する列の番号が記されており、事前購入している人でも指定された列に並んで入場しなければならない。ちなみに、ここはもうイタリアではないが、パスポートを見せての出入国手続きなどは必要なかった。

荷物検査を済ませ、無事に中に入ることができた。巨大な美術館なので、なるべく身軽に移動したい。そこで、無料の荷物預かりサービスを利用した。ちなみに、この美術館のイタリア語名はMusei Vaticani、ラテン語名はMusea Vaticana と、どちらも複数形になっている。いくつもある美術館の集合体、それがバチカン美術館だ。入口付近にあるエレベーターには、

FRANCISCVS PONT MAX
ANNO DOM MMXIX
PONTIF VII
教皇フランシスコが2019年、教皇職7 年目に(建造した)。

とラテン語で書かれていた。こんなところにもラテン語を彫るとは、さすがバチカンである。

 

トロイの木馬を引き入れることに反対したら...

まず、ピオ・クレメンティーノ美術館を目指した。ここはギリシャ・ローマの彫刻を展示する美術館だ。ここに、有名なラーオコオーン像がある。

トロイアとギリシャが戦争をしていた際、ギリシャ軍はある計略を使った。トロイアの城壁を攻略して中に攻め入るにはどうすればいいか。そこで彼らは、中空の巨大な木馬を作製し、腹の中に兵士たちを詰め込んだ。その木馬を、トロイアに戦利品として与える。だまされたトロイアは、その木馬を中に入れてしまう。夜更けに兵士たちが中から出て、城門を開け、さらに多くの兵士をトロイアに入れる。トロイアは略奪されるがままになり、大変な損害を被った。

この話は西洋では広く知られており、正体を偽ってコンピュータに侵入してデータの消去や他のコンピュータへの攻撃を行うプログラムも「トロイの木馬」と名付けられた。

そして、このトロイの木馬の計略の話に、ラーオコオーンが関わっている。彼はトロイアの祭司であった。彼は木馬を城内に入れることに反対の立場を取っていたが、2頭の巨大なヘビが現れて彼と彼の息子2人を絞め殺してしまった。これをトロイア人は、ラーオコオーンが木馬を城壁の中に入れることに反対したために罰を受けたと解釈し木馬を引き入れることに決めてしまった。バチカン美術館にある彫刻は、ラーオコオーンと2人の息子にヘビが絡まり、父親が苦悶の表情を浮かべる生々しい様子を描いている。

他にも見た美術品は数多くあるが、詳細に書こうとすると一冊では足りなくなる。私がいちばん感動したのは「地図の間」に飾られている、ある地図である。その上には、タイトルらしきラテン語ITALIA ANTIQVA(古代イタリア)が見られた。これが、私が高校生の時にラテン語学習を始めたきっかけだからである。

とはいっても、当時ここに来たわけではない。ディズニーが大好きな私は、とにかく園内にあるものを調べるのが大好きだった。英語で書かれたポスターを見つけては写真を撮り、それに書かれた文章を、辞書を片手に訳していた。そして、東京ディズニーシー・ホテルミラコスタのロビー階にこのイタリア古代の地図の複製が飾られていた。その地図の左下にある説明書きを読もうとするが、英語ではないようだ。これはどうやらラテン語らしい。というわけで、私はラテン語を勉強しようと決心した。そのきっかけとなった地図の本物に、直接会うことができた。

プロフィール

ラテン語さん(らてんごさん)

東京古典学舎研究員

1992年栃木県生まれ。東京外国語大学外国語学部英語専攻卒業。ラテン語・古典ギリシャ語を教える東京古典学舎の研究員。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX(旧Twitter)においてラテン語の魅力を毎日発信している(アカウント名: @latina_sama)。

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