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トレヴィの泉の碑文には何が書いてある?ラテン語さんと巡る、ローマ巡礼都市の記憶

ラテン語さん(ラテン語研究者)

スペイン階段付近スペイン階段付近(撮影:筆者、以下同)

ローマの街には、街角の碑文、教会の壁、噴水の銘文など、今も都市の中にラテン語が生き続けているーー高校2年生からラテン語の学習を始め、X(旧Twitter)などでラテン語のおもしろさを発信している"ラテン語さん"がローマを訪問。街に遺るラテン語からはどんな歴史が見えてくるでしょうか。トレヴィの泉から、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂へ向かう道々で、ラテン語さんの目をひいた言葉とは?

※本稿は、『今に生きるラテン語を求めて 「永遠の都」ローマ滞在記』(ラテン語さん著)より一部抜粋・編集したものです。

 

フランス語が聞こえるスペイン階段上の教会

スペイン階段付近にある聖人たちの彫刻スペイン階段付近にある聖人たちの彫刻

ローマに来たからにはぜひ見学したかったトレヴィの泉に向かう。近くまで来たはいいが、とんでもない人の多さだった。水が出てくる建物の上部には、このようなラテン語が書かれている。

CLEMENS XII PONT MAX
AQVAM VIRGINEM
COPIA ET SALVBRITATE COMMENDATAM
CVLTV MAGNIFICO ORNAVIT
ANNO DOMINI MDCCXXXV PONTIF VI
教皇クレメンス12世は1735年、教皇職6年目に、水量豊富で健康によいという点で推賞されていたウィルゴ水道を、素晴らしき装いで飾った。

ウィルゴ水道とは、紀元前19年にできた水道である。トレヴィの泉の近くのナザレーノ通りでは、この水道橋の遺構も確認できる。つまり、古代人がこの水道を引いていなかったら、終端に位置するトレヴィの泉も造られていなかった。

コインを投げるとローマに戻ってくることができる、という言い伝えがあるが、この人の多さで水に近づいてコインを投げようとする気が起きず、「どうせ私はまた戻ってくるだろう」と思い、投げずにその場を後にした。

続いて、スペイン階段に向かった。『ローマの休日』で見たあの階段を、一目見たかった。トレヴィの泉から歩いて9分と、割と近い場所にある。途中で、以前ローマで食事を共にした増永菜生さんにすすめられた「カフェ・グレコ」に行った。ローマに残る最古のカフェである。ゲーテも通ったこのカフェが創業したのは1760年。外観もインテリアも、大変歴史を感じる。歩き疲れていたので、やっと休むことができてほっとした。エスプレッソを飲み体力を回復させ、近くのスペイン階段に歩を進めた。

ここまで来たら、階段でジェラートを食べたくなるが、『ローマの休日』に出てきたのはジョリッティのもので、スペイン階段からは遠かった。というわけで、何も持たずに階段を上る。

ちなみに、この場所はスペイン大使館の近くにあるために「スペイン階段」と名付けられた。階段の上には、映画でも映されたトリニタ・デイ・モンティ教会がある。近くで見ると、壁に大きくラテン語が彫られていた。

S TRINITATI REGVM GALLIÆ MVNIFICENTIA
ET PIOR ELEMOSYNIS ADIVTA MINIMOR
SODALITAS STRVXIT AC D D ANNO D MDLXX
フランスの諸王の惜しみなさと、信心深きものたちによる施しの援助を受け、ミニム会の会員たちが1570年に建造し、聖三位一体にささげた。

中に入ると、ちらほらとフランス語が聞こえてきた。ここはフランス王ルイ12世の後援によって建てられたもので、フランス人が多く訪れている。館内の注意書きの看板も、Veuillez respecter le silence MERCI(お静かにお願いします)と、フランス語で書かれていた。

 

「ジルベスター」の由来になった教皇

思いがけない発見の後は階段を下り、近くのバルベリーニ広場まで歩く。ここにあるトリトーネの噴水は、童話作家になる前のアンデルセンが『即興詩人』という作品の冒頭で言及している。

タクシーに乗って次に目指すは、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂だ。現在の建物は近代に改築されたものだが、この教会の創建は4世紀前半、シルウェステル1世の時代と大変古い。彼が亡くなった12月31日はカトリックにおいてシルウェステルの記念日とされ、彼の名前はドイツ語で大晦日を指すSilvesterの由来にもなっている。日本で大みそかに開催される「ジルベスターコンサート」の「ジルベスター」は、そのドイツ語が使われている。

車が大聖堂に近づいてくると、目印となるオベリスクがだんだんと近くなる。教会のそばで下車し、その外観をながめる。近くにある噴水にはIUBILAEUM MMXXV(聖年2025年)と書かれていた。今年刻まれたラテン語は、あと何年ここに残るのであろうか。

ちなみに、ラテラノ大聖堂の道路をはさんで向かい側には「聖なる階段」がある。イエスが十字架にかけられる前に上ったと伝えられる階段だ。磔刑の場所は現在のエルサレムにあるゴルゴタの丘だが、ローマに移築されたと伝えられているのである。

この階段を、参拝者が膝をついて一段一段上る。歩いて上る信者はいない。当然、進みがゆっくりになるので階段は参拝者で混雑している。観光客は、隣にある階段を歩いて上ることができる。こちらはかなり空いていた。階段を上った先には、教皇の礼拝堂があった。そこには、

NON EST IN TOTO SANCTIOR ORBE LOCVS
全世界において、この地より神聖な場所はない。

と書かれていた。

教会の方に戻ると、ファサード上部に並ぶ聖人たちの彫刻が圧巻である。建物前面の下の方に目をやると、入口付近にこのようなラテン語が目に入った。

SACROS LATERAN ECCLES
OMNIVM VRBIS ET ORBIS
ECCLERIARVM MATER
ET CAPVT
きわめて神聖なラテラノ教会、ローマおよび世界の全ての教会の母であり長

カトリックにおけるこの教会の重要さが分かる碑文である。この教会も「聖なる扉」があり、多くの巡礼者がここを通っていた。

聖堂内に入ると、白を基調とするインテリアがあたたかい雰囲気を演出している。教会の祭壇に近づいていくと、チボリウム(ciborium)という天蓋が目に入った。14世紀にゴシック様式で建てられたものが、現在でも残っている。つまり、これは改築された現在の建物よりも古い。このように、改築前にもともとあったものもちらほら聖堂内に残っている。その後は身廊にある聖堂内の十二使徒の彫刻などを眺めていたら、夕方になってしまった。

プロフィール

ラテン語さん(らてんごさん)

東京古典学舎研究員

1992年栃木県生まれ。東京外国語大学外国語学部英語専攻卒業。ラテン語・古典ギリシャ語を教える東京古典学舎の研究員。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX(旧Twitter)においてラテン語の魅力を毎日発信している(アカウント名: @latina_sama)。

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