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「心の壁」を壊す技術 エンリケ航海王子が“海獣の迷信”を突破した「まさかの行動」

神野正史(元河合塾世界史講師/YouTube神野の世界史劇場「神野塾」主宰)

迷信に怯える船乗りたちを動かすため、エンリケ王子がとった戦略とは?

「やりたいことはあるけれど、前に進めない」
そんなときに立ちはだかっているのは、現実的な問題ではなく「自分には無理だ」という"心の壁"であることが多いものです。
中世の船乗りたちは「南へ行けば海が沸騰し、海獣に襲われる」という迷信を信じ、新航路開拓へ進むことを拒みました。
そんな壁を打ち破り、大航海時代の幕を開けたのがエンリケ航海王子です。
彼が用いたのは、根性論ではない合理的な戦略。歴史を変えたエンリケ王子の「まさかの行動」から、自分の限界を突破するためのヒントを探ります。

※本稿は、神野正史著『最強の教訓!世界史 まさかの結末に学ぶ』(PHP文庫)より一部抜粋・編集したものです。

 

頭の中でイメージできる人だけが夢を叶えられる

物事はすべて"頭の中ではっきりとイメージできるもの"しか具現化することはありません。
夢や願望も同じです。
それをはっきりと頭の中でイメージできる人だけが夢を叶えることができます。
しかし、多くの人が夢と自分との間に"壁"を作り、自分が勝手に心の中に作った"壁"を前に夢を諦めていきます。

じつは、成功者は皆この"心の壁"を作りません。
だから成功します。
本稿では、その点について深掘りしていくことにしましょう。

 

大航海時代へ

中世末期の欧州ヨーロッパは、さまざまな問題を抱えていました。

彼らは伝統的に「混合農業(・二圃制(にほせい)・三圃制・ノーフォーク農法など)」を行っており、我々日本人より肉を多く食べますが、肉というものは穀物と違ってすぐに鮮度が落ち、クサミが出て不味くなってしまうのが難点です。

しかし、10世紀ごろから「東方(レヴァント)貿易」が盛んになり、アジアから「香辛料」(スパイス:食事に香りや辛味を与える調味料のことで、胡椒・丁字(クローブ)・肉桂(シナモン)・肉荳蔲(にくずく:ナツメグ)などがある)が輸入されるようになると、これを肉に振り掛ければ激ウマになることを知り、その入手に躍起になるようになりました。

しかし当時は、欧州ヨーロッパとアジアの間にイスラーム帝国(オスマン帝国やマムルク朝など)が立ちはだかり、彼らに高い関税を払わなければならないという問題に逢着します。

「然らば、イスラームを介さずにアジアと直接交易すればよいではないか!」
しかし、いったいどうすれば...?

我々現代人は正確な地図を知っていますから、「アフリカ大陸を回り込めばよい」と思いますが、当時の欧州ヨーロッパ人が知っていたのは、アフリカ大陸の北部だけで、サハラ以南がどういう形をしているのかまったく知りません(のちに、H・スタンリーという19世紀の探検家が「暗黒大陸」と呼びました)。

――ならば、未知を既知とすればよい!
こうして、欧州ヨーロッパは「大航海時代」という新しい時代に突入することになったのでした。

とはいえ、艦隊を揃えて大海原に乗り出し、新航路を開拓しようとすれば、目ン玉が飛び出るほどの運転資金が必要になります。
まだ中世から抜けきっていない貧弱経済の欧州ヨーロッパの国々では、たとえ望んでもできない相談でしたが、当時、中世末期にあって唯一ポルトガルだけが近代国家「絶対主義体制」へとイチ抜けしていました。

――よし、我が国がどこよりも早くアジアへの直接航路を切り拓こう!
こうして立ち上がった人物、彼こそが本稿の主人公・エンリケ航海王子(ナビゲータープリンス)です。

 

迷信が“心の壁”を作り出す

エンリケ航海王子は時の葡(ポルトガル)国王ジョアン1世の王子(三男)でしたから、王室資金をバックに資金面では問題なかったのですが、計画は難航しました。
どれほどカネを積んで募集をかけても水夫が集まらなかったためです。
障害となったのは、当時はびこっていた迷信。

「水夫になってくれ? 冗談じゃねぇ!
ボジャドル岬(当時、ヨーロッパ人が知っていたアフリカ最南端の岬)より南は海が沸騰してるって言うじゃねぇか!」

「南の海に行けば行くほど恐ろしい海獣が出るんだぞ!
いくらカネ積まれても命にゃ変えられねぇ!」

「その先は海の果てが滝になってて真っ逆さまだ!
クワバラ、クワバラ...」

このころの水夫といえば、海賊パイレーツ崩れや無法者アウトローなど怖いもの知らずの荒くれ者が多かったにもかかわらず、この怯えよう。
迷信に対する恐怖がいかに絶大であったかが窺い知れます。

 

エンリケ航海王子、「まさか」の行動(1)

それでもエンリケ航海王子はなんとか水夫を集めて出航にこぎつけ、ボジャドル岬を突破させようとしたことがありました。
ところが、船が南下するにつれ徐々に気温が上がってくる現実を前に水夫たちが動揺しはじめます。

「そら見たことか!
やっぱりどんどん暑くなるではないか!
これ以上南下すれば、海は沸騰し、海獣が襲い、地獄の門が現れるぞ!」

不安に駆られた水夫たちが「ただちに船を戻せ!」と暴動騒ぎを起こすため途中で帰還せざるを得ず、失敗を重ねることになりました。
最新の航海術ナビゲーションを採り入れて技術的にはボジャドル岬を越えることはできるのに、「迷信」という"心の壁"に阻まれてどうしてもボジャドル岬が越えられません。

そこでエンリケ航海王子一計を案じます。
まず、借金で首が回らない者・囚人・お尋ね者など、すでに人生後がない者たちに徳政(借金免除)や赦免(刑罰免除)に加え、莫大な報酬などをチラつかせて水夫に雇い入れます。

「この航海から逃げて祖国に戻ったところで俺たちに安住の地はない。
だが成功すれば一発逆転、大金持ちだ!」
韓信が井陘(せいけい)で採った「背水の陣」と同じ策です。
しかし、それだけではまだ成功はおぼつかない。

 

エンリケ航海王子、「まさか」の行動(2)

次に、とりあえず"心の壁"を破ることだけを考える。
すなわち、「一気に最終目的(アフリカ南端)を目指す」のではなく、まずは目の前の目標(ボジャドル岬を少しだけ越える)を掲げる。

これにより目標到達のハードルが一気に下がり、達成感が生まれ、それによって"心の壁"にヒビが入る。
こうなればシメたもの。

2回目はもう少し南、3回目はさらにもう少し南――と少しづつ目標を上げていくことであれほど頑強だった"心の壁"も、最初は小さなひびもやがて深い亀裂となり、さらに断裂となって剥落しはじめ、ついには倒壊することになります。

 

“心の壁”を破ることに意義がある

こうして、エンリケ航海王子が生涯を賭けて送り出すことができたのは、アフリカ最西端の「ヴェルデ岬」でした。
ボジャドル岬を突破してヴェルデ岬に辿り着くまで、距離にしてわずか1300kmほどにすぎず、日本の本州の長さ(津軽海峡から関門海峡まで)くらいしかありませんから、航海としてはたいした距離ではありません。

しかし、重要なのは「距離」ではなく"心の壁"を打ち破った点にあります。
歴史を紐解けば、新しい時代を切り拓いた者たちは皆、この"心の壁"を打ち破った人です。

エンリケ航海王子も、彼が成し遂げたことはボジャドル岬をわずかに南に下っただけかもしれませんが、しかしそのおかげで"心の壁"が破れて「大航海時代」が幕を開け、時代は中世から「近世」へと向かったのでした。

これは、歴史上の偉人だけの話でなく、私たち一市民においても同じです。
ほとんどの人が夢や願望を手に入れることができないのは、自分が勝手に作ったこの"心の壁"を打ち破れないためです。

 

いきなり最終目標を達成することは求めない

一足飛びに最終目的を完了させることを求めずに、とりあえず"小さな目標(今できることのちょっと先)"を達成させて"一歩"だけ歩みを進めさせる。 
エンリケ航海王子の場合は、少しづつ少しづつ目的地を伸ばして、彼らに「できる」という達成感を与えました。

やってみもせず諦めるのではなく、とりあえずやってみる。
「目標」があまりにも高すぎてとても手が届きそうにないなら、手が届くところまでやって、少しでも成果を出す。

たとえそれがどんなに小さな成果であったとしても、成果が出れば「もう少し頑張ってみよう!」という意欲が湧いてくるもの。
そして、その積み重ねこそが大業を成します。

プロフィール

神野正史(じんの・まさふみ)

元河合塾世界史講師/YouTube神野の世界史劇場「神野塾」主宰

学びエイド鉄人講師。ネットゼミ世界史編集顧問。ブロードバンド予備校世界史講師。1965年名古屋生まれ。立命館大学文学部西洋史学科卒。自身が運営するYouTube神野の世界史劇場「神野塾」は絶大な支持を誇る人気講座。また「歴史エヴァンジェリスト」としての顔も持ち、TV出演、講演、雑誌取材、ゲーム監修なども多彩にこなす。

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