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『源氏物語』は恋愛小説なのか? これだけは押さえておきたいあらすじ

古川順弘(文筆家)

源氏物語

大河ドラマ『光る君へ』によって、『源氏物語』に興味を抱く人も多いだろう。だが、大長編であることから、臆してしまう方もいるのではないだろうか。そこで本稿では、「これだけは押さえておきたい」というあらすじを、ダイジェスト版としてご紹介しよう。

※本稿は、古川順弘著『紫式部と源氏物語の謎55』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

五十四巻からなる大長編小説

天皇を父にもち、容姿と才気に恵まれた光源氏は、女性遍歴を重ねながら出世してゆき、ついには上皇に次ぐ准太上天皇の地位に就き、豪邸に愛する女性たちを住まわせて栄華を極める。だが、やがて人生は悲哀に包まれだし、最愛の女性紫の上も息をひきとる。光源氏没後は、彼の子や孫の世代の男女が、複雑な恋愛模様を展開させてゆく――。

一大長編小説『源氏物語』のあらすじを極力短くまとめるとするならば、まずはこんなところが無難だろうか。

これにさらに外形的な説明を加えておくと、『源氏物語』はあわせて五十四の巻によって構成されていて、各巻には「桐壺」「帚木」といった優美なタイトルがつけられている。

『源氏物語』の場合は「巻」を、重ねられた紙のひとまとまりを意味する「帖」という語で言い表すのが通例だが、これはこの作品が、巻子本ではなく、紙を折り重ねて綴じた冊子本の形式で読み継がれたからだろう(ただし本書では、わかりやすくするために原則として「巻」の表記に統一してある)。

各巻の長さはまちまちで、現代語訳だと「花散里」のように数ページで終わってしまう巻もあれば、「若菜上」や「若菜下」のように100ページ以上も続く巻もある。ちなみに、上下に分かれている「若菜」巻は上下それぞれを一巻に数えるのが慣例となっている。

また、第四十一巻「幻」の次には「雲隠」というタイトルだけで本文をもたない巻が置かれているのだが、通例これは正式な巻としてはカウントされない。ただし、「『源氏物語』全五十四巻(帖)」と言う場合は、「雲隠」を含む物語全体のことをさすのが普通である。

各巻は、それ自体で独立した短編小説や中編小説として読むこともできる。そしてそれらが組み合わさることで、『源氏物語』という悠遠な大河小説を構築しているのだ。

 

全体は三部構成

とにかく長く、延々と続く小説で、登場人物の数は500に及ぶとも言われているのだが、この長大な内容も、大きくは3つのセクションに分けられると考えられてきた。かなりのダイジェストにはなってしまうが、三部それぞれの内容をここで概説しておこう。

 

【第一部:光源氏の青春と栄華/第一巻「桐壺」〜第三十三巻「藤裏葉」】

桐壺帝の寵愛を受けた桐壺更衣は美しい皇子を生むが、皇子が3歳のときに病死。有力な後見人がいないことを慮った帝は、やがてこの皇子に源氏の姓を与えて臣籍に降させた。降下した少年は、たとえようもなく美しい容姿ゆえに、「光る君」「光源氏」などと称されるようになる。

光源氏は亡母によく似ていることから桐壺帝に入内した藤壺を思慕し、やがて密通に至るが、藤壺に生き写しの童女紫の上を見出すと、盗むようにして自邸へ迎え取り、彼女が成長すると妻にする。その一方で、空蟬や夕顔、六条御息所、朧月夜の君、末摘花など、さまざまな女性たちと恋愛を重ねてゆく。

一時は政敵の勢力におされて京を離れ、須磨・明石に逼塞するが、そこで豪族の娘明石の君と結ばれる。やがて帝の赦しを得て帰京。その後は昇進を重ねてゆく。そして豪邸六条院を造営し、紫の上や夕顔の遺児である玉鬘など、自分が関わりをもった女性たちを住まわせ、優雅な日々を送る。

39歳のときには明石の君との間にもうけた娘が東宮(皇太子)の妃となる。自らは准太上天皇となり、六条院に冷泉帝と上皇(朱雀院)が行幸するという至上の栄誉を手にする。

 

【第二部:光源氏の悲劇と晩年/第三十四巻「若菜上」〜第四十一巻「幻」】

光源氏は40歳のとき、朱雀院から後見を託された院の娘女三の宮を正妻として迎えるが、紫の上はこれに傷つく。一方、かねて女三の宮に心を寄せていた青年柏木(光源氏のライバル、頭中将の長男)は強引に宮に近づき、宮を身籠らせてしまう。

光源氏はまもなくこの秘密を知るが、生まれた薫は表向きは源氏の子として育てられる。自責の念に苦しむ柏木はやがて病床に臥し、妻落葉の宮の後見を源氏の長男夕霧に頼んでこの世を去る。夕霧はいつしか落葉の宮に恋心を抱くようになるが、妻の雲居雁(頭中将の娘)がこれに激しく嫉妬する。

やがて光源氏最愛の女性紫の上が病死し、深い悲しみに沈んだ源氏は故人を追憶しながら出家の用意を整え、死を迎える。

 

【第三部:薫の青春と恋の悲劇/第四十二巻「匂宮」〜第五十四巻「夢浮橋」】

光源氏の子(じつは柏木の子)薫と、今上帝と明石の中宮(光源氏と明石の君の娘)の間に生まれた子、つまり光源氏の孫にあたる匂宮を中心に話が展開する。第四十五巻「橋姫」〜第五十四巻「夢浮橋」は京南郊の宇治が舞台なので、とくに「宇治十帖」と呼ばれる。

厭世的な薫は宇治でひっそりと暮らす大君と中の君の姉妹を知り、大君に心を寄せる。大君はこれを拒み、中の君を妻合わせようとするが、中の君は匂宮と結ばれる。大君は心労が重なり、薫に看取られながら他界してしまう。

大君を忘れられない薫は中の君に迫るが、中の君は異母妹の浮舟を薫に紹介する。亡き大君によく似た浮舟を薫は愛するが、匂宮も浮舟を知ると強引に関係を結んでしまう。薫と匂宮の間で悩む浮舟は入水をはかるが、比叡山の高徳の僧侶に助けられ、出家して尼僧に。薫は浮舟の居場所を聞きつけるが、二人が結ばれることはなかった。

 

恋愛小説を超えた人間ドラマ

『源氏物語』に対しては、現代人の多くが「平安王朝を舞台にした、理想的な貴公子光源氏の華麗な恋愛物語」というイメージを抱いているだろう。

確かに物語は主人公光源氏の恋愛譚を中心に展開する。そして光源氏は、生まれ育ちがよく、ハンサムで女性にもて、頭もよくて教養があり、仕事もできて......という、まさに絵にかいたようなスーパーヒーローとして描かれている。

じゃあ、そんな人物が幸福な生涯を送ったのかというと、そうとは言いきれないところが、『源氏物語』の面白いところである。この作品には、古めかしい物語から連想されるような陳腐さや幼稚さがない。多彩な登場人物と複雑なストーリー、巧みな心理描写・情景描写が陰影に富んだ人間ドラマを織りなし、物語に深い奥行きとリアリティを与えている。要するに、ごく単純な恋愛小説などではないのだ。

 

著者紹介

古川順弘(ふるかわ・のぶひろ)

文筆家

昭和45年(1970)、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。 宗教・歴史分野を中心に執筆活動を行なっている。著書に『人物でわかる日本書紀』 『紫式部と源氏物語の謎55』など、近著に『京都古社に隠された歴史の謎』がある。

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