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大胆かつ骨太な筆致...直木賞作家・今村翔吾が書く“歴史・時代小説の秘密”

2023年12月08日 公開

細谷正充(文芸評論家)

今村翔吾

時代小説でのシリーズの大ヒットから始まり、力強い筆致とエンターテインメント性の高い意外な物語展開で、読者を楽しませる作品を描き続ける今村翔吾さん。その足跡を追っていこう。

 

老若男女の心を掴んで離さない熱い作品

今村翔吾のデビュー作は、2017年3月に祥伝社から刊行された、文庫書き下ろし時代小説『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』である。

主人公は、かつて鉄砲組4500石の旗本・松平隼人に仕えていた松永源吾だ。松平家の定火消(じょうびけし)として活躍し"火喰鳥"の異名で持て囃された源吾だが、ある事情から主家を辞して浪人となり、妻の深雪と共に市井に逼塞(ひっそく)していた。

そんな彼が、出羽新庄藩の火消頭にスカウトされた。ちなみに大名が私設の消防隊を抱えるのは義務であり、新庄藩は「方角火消」と呼ばれる。時代小説では町火消が取り上げられることが多く、大名火消は敵役になりがちだ。その大名火消を主役に据えたところに、独自の魅力がある。

以後、新庄藩の火消頭取になった源吾の人材探しと、火消活動が綴られていく。熱気に満ちた物語は、たちまち人気を集め、シリーズ化される。そして巻を重ねるごとに、多数の火消が登場。火消たちの一大サーガ(叙事詩)へとなっていったのである。

2021年、本シリーズで、第6回吉川英治文庫賞を受賞した。この「羽州ぼろ鳶組」シリーズと並ぶのが、2018年の『くらまし屋稼業』から始まる、「くらまし屋稼業」シリーズだ。くらまし屋とは、さまざまな事情から、今の自分を消し去り、新たな人生を歩みたいという人の願いを叶える、闇の仕事人のこと。

メンバーは三人。飴細工職人にして凄腕剣客の堤平九郎、居酒屋の給仕にして頭脳役の七瀬、変装名人の赤也である。それぞれの特技を生かして、困難なミッションを遂行する、くらまし屋の活躍が読みどころ。作者が敬愛する池波正太郎の"江戸の暗黒街もの"のテイストも感じられる痛快作である。

このように時代小説家として順調なスタートを切った作者だが、2018年に第10回角川春樹小説賞を受賞した『童の神』で、歴史小説家としての顔を露わにする。作者はどうしても、この新人賞に応募したかった。

なぜなら池波正太郎と同じように敬愛する北方謙三が、選考委員だったからだ。実際、平安時代を舞台に、"童"と呼ばれる、朝廷に屈せぬ化外(けがい)​​の民の戦いを描いた内容は、北方歴史小説で示された、繰り返される革命物語を彷彿させてくれた。

同じ赤き血の流れる童が、なぜ京人から蔑まれるのか。童たちの激しい戦いを通じて、差別される側の怒りと悲しみを、余すところなく活写したのである。

作者は歴史時代作家だが、現在、ただ一冊だけ現代小説がある。「全国高校生花いけバトル」を描いた『ひゃっか!』だ。「花いけバトル」とは、5分間の間に即興で花を生ける競技のこと。参加資格は国内の高校生。ただしエントリーは二人一組だ。

この大会に出ることを目標とする都内の高校2年生・大塚春乃。大衆演劇の座長を父に持ち、華道も習っている転校生の山城貴音を引っ張り込み、大会に挑む。なんとも爽やかな青春小説だ。

なお、作者のエッセイに、本書執筆の経緯が書かれている。詳細は省くが、中学生に時代小説はハードルが高いと思い、誰もが親しみやすいような、女子高生を主人公にした青春小説を執筆したとのこと。

こうした若い読者を尊重する姿勢は、素晴らしいものがある。作者が若者を大切にする大きな理由を、かつてダンスインストラクターをしていたことに求めることができよう。多くの若い生徒と接し、幾つもの忘れがたい思い出ができたようだ。

そうした作者の心情がよく表れたのが、『てらこや青義堂』である。江戸日本橋で寺子屋をしている坂入十蔵は、凄腕と怖れられた元公儀隠密。物語の前半は、個性的な筆子 (生徒)の面倒を見る十蔵の様子が、楽しく描かれている。筆子が騒動に巻き込まれると、忍法技を駆使して助ける主人公が愉快だ。

しかし後半に突入すると、ストーリーのテイストが大きく変化。お陰参りに出かけた十蔵と筆子たちが、忍者集団と激突するのだ。単に十蔵が闘うだけでなく、師匠を慕したう筆子たちの行動が嬉しい。この十蔵と筆子の関係に、作者は自己の過去を投影しているのではなかろうか。

 

テクニックと迫力ある筆致で人間の魅力を描き切る

ここから少し、文学賞受賞作が続く。第41回吉川英治文学新人賞を受賞した『八本目の槍』は、賤ヶ岳の戦いで活躍した羽柴秀吉の7人の小姓―いわゆる"賤ヶ岳七本槍"を主人公にした連作短篇集だ。

江戸時代に脇坂家の家宝として有名だった"貂(てん)の皮"を巧みに使った「惚れてこそ甚内」や、加藤嘉明(孫六)の意外な正体に驚く「蟻の中の孫六」など、どれも読みごたえあり。

そしてラストの「槍を捜す市松」に至ると、福島正則(市松)の視点で、いままでの話を統合。徳川家康を相手に、壮大な戦を仕掛けた、石田三成の肖像が浮上してくるのだ。この八番目の槍である三成こそが、真の主人公といっていい。テクニカルな手法が決まった秀作である。

第11回山田風太郎賞を受賞した『じんかん』の主人公は、戦国の梟雄といわれた松永久秀(弾正)である。最初の方の展開に工夫があるのだが、それは読んでのお楽しみ。

ある人物の志を受け取り、人間とは何かという哲学的命題を抱えながら、爽やかに成長していく久秀の姿が気持ちいい。だが現実は非情であり、久秀の理想は頓挫する。悪人との汚名も着せられる。理想に生き、理想に殉じた男の一生が鮮烈な印象を残すのだ。

それはそれとして、久秀の悪人ぶりを伝える東大寺焼き討ちの場面で、感動する日が来るとは思わなかった。今村翔吾、やってくれる。

第166回直木賞を受賞した『塞王の楯』は、職人の戦国史ともいうべき作品である。戦に巻き込まれ家族を失い、石垣を造る穴太衆になった匤介は、すべての城がどんな攻撃も跳ね返す石垣を持つようになれば、戦がなくなると思っている。

その匤介の宿敵となる、鉄砲の製造で知られる国友衆の次期頭目・国友彦九郎は、鉄砲という強力な武器により、みんなに恐怖を植え付けることで、戦がなくなると考える。2人の信念が激突する大津城の籠城戦は、とんでもない迫力だ。まるで矛盾を具現化したような戦いの先にある、真摯なテーマを読み取ってほしい。

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