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大胆かつ骨太な筆致...直木賞作家・今村翔吾が書く“歴史・時代小説の秘密”

2023年12月08日 公開

細谷正充(文芸評論家)

 

今村翔吾でしか書けない斬新な物語を読みたい人に

単なるタイミングの問題だが、直木賞受賞第一作となったのが、文庫オリジナルの『イクサガミ 天』であったことには驚いた。なにしろ明治11年を舞台にしたデスゲーム物語なのだ。

破格の大金を得る機会があるという、ゲームの名は「こどく」。配られた木札を一点とし、それを集めながら、東京を目指せというのだ。訳あって参加者となった、京八流の使い手の嵯峨愁二郎は、12歳の少女・香月双葉を見捨てることができず、手を携えて東海道を進んでいく。チャンバラに継ぐチャンバラでストーリーは爆走。これは凄い。

京八流の後継者問題も関係して、物語の行方は予断を許さない。しかも第2巻『イクサガミ 地』では、さらなる意外な展開が待ち構えているのだ。完結篇になるであろう、第3巻が待ち遠しい。

『幸村を討て』のタイトルにある幸村は、真田幸村のことである。ただし現在の歴史小説では、正しい名前である信繁が多用されている。それなのになぜ作者は、徳川家康と戦うため大坂城に入った信繁を、幸村と名乗らせたのか。

実はそこに、深い企みがある。さまざまな人物の視点で語られる大坂の陣に参加した男たちのドラマは読みごたえ抜群。しかも彼らと幸村の絡みから、しだいに真田家の目指す場所が見えてくる。タイトルの意味が判明するラストにも愕然。手垢の付いた題材である"大坂の陣"も、作者が書けばこれほど斬新な物語になる。だから今村作品を読むのは止められないのだ。

長篇中心の作者だが短篇集もある。『蹴れ、彦五郎』だ。作者がデビュー前後に執筆した8作が収録されている。この中で注目すべきは、第19回伊豆文学賞 小説・随筆・紀行文部門最優秀賞受賞の「蹴れ、彦五郎」と、第23回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞受賞の「狐の城」だ。

「蹴れ、彦五郎」は、戦国の名門・今川家を没落させた彦五郎(氏真)の人間性が、鮮やかに表現されている。織田信長の前で披露した蹴鞠を通じて、戦国の世を一蹴した、彦五郎の気概に胸が熱くなる。これが初めて書いた小説だそうだが、とんでもない完成度だ。

豊臣秀吉の小田原征伐を舞台に、北条方の支城に籠城した北条氏規の矜持を描いた「狐の城」も素晴らしい。その後の作者の戦国小説への道筋は、最初から切り拓かれていたのである。

『茜唄』は、今村版『平家物語』だ。序と、ほとんどの各章の冒頭で、ある人物が西仏という僧に、『平家物語』を伝授する場面が描かれる。鎌倉時代になってからのことであり、伝授は秘密に行われている。

その場面を呼び水にして語られるのは、絶頂期の平家一門が壇ノ浦の戦いで滅るまでの経緯だ。主人公は、平清盛の四男で"相国最愛の息子"といわれた平知盛。

戦のない世を創ろうと考える知盛の策や、壇ノ浦で披露される作者の奇想にはビックリした。平家一門の戦いも熱い。敗者の歴史を通じて、戦いのない世をどうすれば実現できるかという、雄々しき理想を描いた作品なのだ。

最新作となる『戦国武将伝 東日本編』『戦国武将伝 西日本編』も大作である。なにしろ全国47都道県の地元の武将を主人公にした短篇47篇が収録されているのだ。この連載が「歴史街道」で始まったとき、あまりの壮挙(無茶ともいう)にラストまで完走できるかどうか危ぶんだものである。もちろんそれは杞憂に終わった。

群馬県の長野業正を描いた「黄班の文」から、福岡県の立花宗茂を主人公にした「立花の家風」まで、どれもこれも面白い。超メジャーな武将からマイナー武将まで、47人を自在に使い、独創的な戦国物語を創り上げた、作者の豪腕に脱帽だ。頭から読んでよし、自分の出身県から読んでよし。戦国の日本と武将の生き方を、端はしから端まで堪能したい。

 

小説以外で「歴史小説」の世界を楽しむ

小説以外の著書も取り上げよう。『湖上の空』はエッセイ集だ。前半三分の一は、滋賀県の情報誌「パリッシュ+プラス」に連載したもの。京都生まれの作者だが、2009年に仕事で滋賀県に移ってから、住み続けている。理由は簡単。滋賀県が気に入っているからだ。そんな滋賀県への愛が、文章の節々から伝わってくる。

また、家族の話なども、赤裸々に書いている。作者を理解する上で、必読の一冊だ。『教養としての歴史小説』も、エッセイ集といっていいだろう。ただし内容は、歴史小説(時代小説も含む)の効用に特化している。

小学5年生で池波正太郎の『真田太平記』に出合い、そこから歴史小説の世界に嵌まっていった作者が、自己の体験を踏まえて歴史小説の効用を説明する。物語がいかに人間を豊かにしてくれるかを、分かりやすく教えてくれるのだ。

また、歴史小説のガイドブックとしても使えるようになっている。そうそう、作者は現代のエンターテインメント作家らしく、小説だけでなく漫画も大好きだ。自身の作品のコミカライズにも積極的である。最後にそちらにも触れておこう。

『童の神』全6巻は、深谷陽が作画を担当。力強い絵で原作の世界を表現した。『じんかん』を原作にした『カンギバンカ』全4巻は、恵広史が作画を担当。内容に巧みなアレンジが加えられており、小説を知っている人でも、新鮮な気持ちで読めるだろう。

『くらまし屋稼業』既刊3巻は作画をユウダイが担当、『イクサガミ』既刊2巻は作画を立沢克美が担当。どちらの作品も、原作のテイストを見事に表現している。こうしたコミカライズ作品も、今村翔吾の世界なのである。

 

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