歴史街道 » #水島吉隆の記事一覧

#水島吉隆の記事一覧

戦力温存のため出撃を控えていた日本陸軍 東京大空襲から原爆投下に至るまで

水島吉隆(近現代史研究家)

戦力温存のため出撃を控えていた日本陸軍 東京大空襲から原爆投下に至るまで

水島吉隆(近現代史研究家)

太平洋戦争中の昭和20年(1945)2月、米軍は焼夷弾を用いた無差別空襲を開始し、東京をはじめとする大都市への攻撃を重ねていく。それを食い止めるべく、日本陸海軍の防空隊も果敢に挑んでいくが...。敗色濃厚となった中で、...

1700トンの焼夷弾で日本の一都市を破壊できる 周到に準備された東京大空襲

水島吉隆(近現代史研究家)

1700トンの焼夷弾で日本の一都市を破壊できる 周到に準備された東京大空襲

水島吉隆(近現代史研究家)

太平洋戦争中の昭和20年(1945)2月、米軍は焼夷弾を用いた無差別空襲を開始し、東京をはじめとする大都市への攻撃を重ねていく。それを食い止めるべく、日本陸海軍の防空隊も果敢に挑んでいくが...。敗色濃厚となった中で、...

紀尾井坂の変、二・二六事件...“日本のテロ事件”は、いかに社会へ影響を及ぼしたか?

水島吉隆(近現代史研究家)

紀尾井坂の変、二・二六事件...“日本のテロ事件”は、いかに社会へ影響を及ぼしたか?

水島吉隆(近現代史研究家)

大久保利通哀悼碑(清水谷公園) 国家の指導者や要人を狙ったテロ、政権転覆や国家改造を目指したクーデター...。近代日本の歴史をたどると、それらが大きく影を落としていることに気づかされる。押さえておくべき事件...

玉音放送後も止まぬソ連の攻撃...“内蒙古の在留邦人”を守り抜いた陸軍中将・根本博

水島吉隆(近現代史研究家)

玉音放送後も止まぬソ連の攻撃...“内蒙古の在留邦人”を守り抜いた陸軍中将・根本博

水島吉隆(近現代史研究家)

昭和20年(1945)8月15日。中国北部の内蒙においても、昭和天皇が「終戦の詔書」を読み上げた玉音放送が流れたが、ソ連軍は軍事侵攻の手を緩めることはなかった。 日本が受諾したポツダム宣言には「日本国軍隊の完...

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