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国防の要・対馬 未知の敵に挑んだ人々の面影を求めて

歴史街道編集部

金田城跡写真:金田(かねだ)城跡(提供:対馬観光物産協会)

対馬は、日本人が元軍と最初に戦った地で、宗助国(そうすけくに)をはじめ、未知の敵に果敢に立ち向かった人々がいた。それらの歴史の足跡は、今もなお、対馬でたどることができるという。編集部が実際に足を運んでみると、ありし日の彼らの姿が蘇ってきた──。

 

城下町の面影

万松院写真:万松院(ばんしょういん)

対馬の人々は、未知なる敵・元軍を相手に、どのようにしてこの地を守ろうとしたのだろうか。

対馬観光物産協会の西護さんと舟橋仁さんに案内いただき、最初に向かったのは、厳原(いづはら)港から車で約3分の万松院だ。

「宗氏は鎌倉時代末期に対馬の実権を握り、江戸時代には対馬藩主として、10万石以上の格式を誇った一族です。そんな宗氏の初代が、元軍と戦った宗助国でした。

万松院は元和元年(1615)に20代の義成(よしなり)が創建した、宗家の菩提寺です」

と、西さん。

万松院周辺の石垣は美しく、百雁木(ひゃくがんぎ)と呼ばれる石段はおごそかだ。鎌倉以来、この地を守り続けてきた宗氏の威信が感じられる。

万松院のある一帯を進んでいると、公共施設の塀に石垣が使われているなど、現代の建築物と旧跡が融合した街並みが目に入る。

舟橋さんによると、厳原は古くから政の中心地で、江戸時代には城下町として栄えたそうだ。

今なお厳原には、武家屋敷の石垣が多く残され、城下町の面影を感じさせる。対馬の人々は、蒙古襲来があっても、この街を復興させ、発展させてきたのだ。

 

武士たちの奮闘

宗助国公御首塚写真:宗助国公御首塚(おくびづか)

次に向かうのは、文永の役で元軍を迎え撃った宗助国の御首塚だ。万松院から車で西へ約16分。ここに助国の首が葬られたという。

御首塚から車で約2分のところには助国の太刀(たち)塚、さらにそこから約1分の場所に御胴(おどう)塚もある。いずれも木々に囲まれた閑静な地で、対馬の人々が助国を弔い続けてきたことが窺える。

宗助国公太刀塚写真:宗助国公太刀塚

宗助国公御胴塚写真:宗助国公御胴塚

次に向かったのは、宗助国の御胴塚から車で5分ほどのひじき壇という丘だ。

蒙古襲来時、ひじき壇のある地域は、佐須浦(さすうら)と呼ばれる海岸部であったとされ、文永の役では3万以上の元軍のうち、約1000人が佐須浦に上陸したとされる。

文永11年(1274)10月5日の夕刻、元軍来寇の報せを受けた助国は、80余騎を率いて出陣。険しい山が続く夜道を通り、佐須浦へ向かったという。

そして助国が陣を構えたのが、小茂田浜(こもだはま)近くのひじき壇だったのだ。

ひじき壇には現在、金毘羅(こんぴら)神社が鎮座し、鳥居をくぐると急な階段が続く。苔がむしたおもむきある階段を登っていくと一気に視界が開け、小茂田浜が一望できる。

ひじき壇の階段写真:ひじき壇の階段

ひじき壇から小茂田浜を見下ろす写真:ひじき壇から小茂田浜を見下ろす

「10月6日早朝に戦いが始まり、助国たちは奮戦しましたが、大宰府への伝令2名を脱出させた後、全員が討ち死にしたとされます」

西さんの言葉に胸が詰まる。

次に向かったのは、助国をはじめ、蒙古襲来で亡くなった武士たちを祀る小茂田浜神社だ。ひじき壇から車で2分ほどで、海が広がる小茂田浜海浜公園も近い。

小茂田浜神社写真:小茂田浜神社

小茂田浜海浜公園写真:小茂田浜海浜公園

参道を進むと、文永の役から750年を記念して建てられた、宗助国の騎馬像が目に入ってくる。弓をつがえるその勇姿から、助国の奮戦ぶりが思い浮かぶ。

宗助国公騎馬像写真:宗助国公騎馬像

続いて訪ねたのは、小茂田浜神社から車で北へ約20分の越前五郎(えちぜんごろう)の墓。

文永の役では、小茂田浜以外にも対馬各地が戦場となっており、その一つが、加志(かし)という地域で、助国の庶兄とされる越前五郎盛賢(もりたか)が討ち死にした地と伝わる。

墓は室町時代の建立とみられるそうだが、対馬では時代を超えて、元軍に立ち向かった人々を、語り継ごうとしてきたのだろう。

越前五郎の墓写真:越前五郎の墓

最後に向かったのは、越前五郎の墓から車で12分ほどの金田城跡。

古代における白村江の戦い後、唐・新羅の反攻に備え、堅固な地形を利用して築かれた山城だ。

それだけに、本来はなかなか足を運べない金田城だったが、日露戦争に備えて砲台が設置され、山頂近くまで道が整備された。

今はその道によって多くの人が訪れ、あるテレビ番組では日本「最強の城」に選定されているほどだ。

蒙古襲来だけでなく、古代から近現代まで、常に国防の要であった対馬。そんな地を守ろうとした人々に想いを馳せながら、現地をめぐってみるといいだろう。

 

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