歴史街道 » 本誌関連記事 » おでんは最初「焼き物」だった!豆腐田楽からコンビニ、進化系フレンチまで 600年の歴史をたどる

おでんは最初「焼き物」だった!豆腐田楽からコンビニ、進化系フレンチまで 600年の歴史をたどる

萩原ゆみ(紀文食品広報室)

おでん

冬の風物詩といえる「おでん」。それは、どのようにして生まれたのか。そして、どのように発展・進化してきたのか。それを味わうことは、日本を知ることにもなる!?
紀文食品おでん研究班として『おでん学!』(祥伝社新書)も上梓した萩原ゆみ氏が、知られざるおでんの歴史を解説します。

※本稿は、『歴史街道』2026年3月号から一部抜粋・編集したものです。

 

おでんの誕生

司馬遼太郎の『アメリカ素描』(1986年)を開くと、ニューヨークのソーホーを散歩する著者の写真とともに、アメリカを「おでん」に例えた言葉が目に入ります。

この中の「さまざまな人種が、オデンのようにそれぞれ固有の形と味を残したまま一ツ鍋の中に入っている」との一節は、多民族国家アメリカの包摂力と多様性を巧みに描き出しており、鍋の中でいろいろな種ものが個性を保ちながら調和するおでんのあり方を通じて、共存する風景を描写した視点は非常に印象的です。

池波正太郎の『鬼平犯科帳』シリーズの一編「密告」(1974年)の冒頭には、次のように記されています。

「清水門外の火付盗賊改方・役宅からも程近い九段坂下に、(中略)売り物は燗酒に、いわゆるおでん......といっても、当時はまだ、いろいろな種を煮込んだおでんはあらわれていない。豆腐と蒟蒻を熱した大きな石の上で焼き、柚子味噌をつけて出す田楽。これが、おでんのはじまりだったのである」

おでんのルーツは、永享9年(1437)の『蔭涼軒日録』 が初見との説もあり、室町時代に豆腐に竹串を打って焼いた「田楽」です。その語源は田楽に「お」をつけて丁寧にし、「楽」を省略して「おでん」となったとされています。

田楽の種類は、ナスや里芋、魚、蒟蒻と多様に広がり、蒟蒻は湯がいて味噌を付ける調理法で発展しました。

江戸後期の風俗誌『守貞謾稿』には「上燗おでん 燗酒と蒟蒻の田楽を売る」と記されており、私たちが「おでんといえば熱燗」と思い浮かべる背景には、おでん売りの存在が大きいと言えるでしょう。

また、江戸末期の盗賊を題材にした歌舞伎『四千両小判梅葉』(初演1885年)にもおでん売りは登場し、「おでん燗酒、甘いと辛い」「味噌は乳熊(ちくま)にかぎるのう」といったセリフが出てきます。

なお、この乳熊の味噌は現代でも購入可能で、製造元のちくま味噌は、赤穂浪士が本懐を遂げた後、一行を店内に招き、甘酒粥を振舞って労をねぎらった老舗として知られています。また、勝海舟が威臨丸で渡米した時の脇差も、こちらの店が寄贈したものとされています。

では、現在のような煮込みおでんは、いつごろ登場したのでしょうか。

主に二つの説があって、一つは江戸後期説、もう一つは、松下幸子氏などによる、江戸期には煮込みおでんがなく明治期になってから、という説です。

『明治商売往来』に記されるおでん屋の項には、「子供のころ、『おでん、おでん』と流してきたのは(中略)味噌おでんだった。(中略)それが明治末期からであろうか、だんだんに味噌おでんが姿を消していって、いつの間にか、おでんといえば煮込み一遍倒になってしまった」とあり、池波正太郎も『むかしの味』(1984年)で、子供のころには煮込みと味噌の両方が売られていたと記しています。

 

庶民に愛され続けて...

現存する最古のおでん店とされている「たこ梅」(大阪)は、弘化元年(1844)に創業しました。

明治20年(1887)には、東京・本郷の「呑喜」が煮売りから"おでん革命"を起こしました。汁気の少なかったおでんを、汁気タップリに改良し、大根を入れたり、油あげに具を入れる「袋」などを生み出し、近隣の東京帝国大学の学生に人気を博しました。

以降、上野の「多古久」、横浜の「野毛おでん」、浅草の「大多福」、銀座の「一平」など、おでん専門店が続々と開業し、おでんはさらなる発展を遂げました。

大正末期の東京では、銀座裏や神田、新宿といった盛り場に赤ちょうちんを掲げたおでん屋が軒を連ね、多くの庶民に親しまれていました。
安価な練りものや豆腐、蒟蒻、大根などが主役となり、気軽に楽しめる料理としての地位を確立したのでしょう。このスタイルはまさに、庶民の懐事情に寄り添うものだったのです。

明治時代から昭和20年代後半までは、おでんは屋台、居酒屋、おでん専門店、さらには駄菓子屋などで供され、大人からは酒の肴として、子供にはおやつとして親しまれていました。しかし、家庭内でおでんが頻繁に食べられることは少なかったようです。

戦後になると、調理や営業のしやすさからおでん屋は再び活況を呈し、昭和の高度成長期には、スーパーやデパートでおでんの種が販売されるようになります。家庭でもおでんを楽しむことが一般化し、おでん種や汁の素、練りものがパックされた商品がその流れを後押ししました。

その後、昭和54年(1979)にはセブン-イレブンが販売を始め、誰でも手軽に温かいおでんを買えるようになったことで、さらに人気の料理となっていきます。

 

多様性のある料理に進化

外食としての昭和のおでんは、合わせだしと醬油で煮込まれたおでんを専門店や屋台で楽しむのが一般的で、懐かしさを感じさせる味わいがありました。

しかし、平成・令和に入ると、おでんのスタイルは一変します。「エッジの効いた割烹風おでん」「進化系の種もの」「冷やしおでん」といった、新たなスタイルが次々と登場します。

これにより、おでんは単なる和食から、多様性のある料理へと進化を遂げました。
「おでん屋たけし」や「さもん」といった鶏だしを用いる店が増え、さらには「牛だし」「はもだし」「貝のだし」といったおでん専門店も、続々とオープンしています。

また、大阪ではポルチーニ茸ソースを使った大根が名物のフレンチおでんを展開する「赤白」など、行列が絶えない人気店も生まれました。

平成の終わり頃から令和にかけては、おでんとワインとのペアリングを楽しむ高級店や、イタリアン風の店も登場。
進化の最前線としては、日本橋の「平ちゃん」が、フレンチ料理のエッセンスをベースに、前菜からコースでおでんを楽しむ"劇場型おでん"として話題を集めました。

おでんが多様なスタイルで楽しめるようになったことで、その魅力はさらに広がりを見せています。

 

物語と歴史、文化を味わう

おでんの魅力は多面性です。

地理的に見ると、本州を縦断するフォッサマグナを境に、種ものや調理法が異なります。練りものや昆布、鶏肉、クジラ肉、春菊など、地域ごとに特色が見られます。「普通」に見えるおでんの背後には、その土地の風土や歴史が詰まっているのです。

おでんはまた、鍋料理の影響を受けながら、独自に発展してきた料理とも推測できます。
東日本では、石狩鍋、あんこう鍋、柳川鍋など、魚を主役にした鍋が多く見られ、味付けは醬油や味噌をベースにした濃厚なものが主流です。

力強い旨みが好まれているため、おでんにも魚肉の練りものが多く使用され、味付けは主に、かつお節を効かせただしに醬油で味付けをする手法がとられてきました。

一方、西日本では、湯豆腐、はりはり鍋、かも鍋など、昆布だしを生かしたすっきりとした味わいの鍋が主流で、醬油は香り付け程度に使用されることが多いです。

また、しゃぶしゃぶやすき焼きといった、肉類を主役にした鍋料理も関西が発祥とされる説もあり、春菊や水菜などの青菜が彩りを添えます。鍋と同様に、おでんにも牛すじなどの肉類、じゃがいも、葉物などが利用され、多様な味わいが楽しめます。

各エリアを見てみると、北海道・東北エリアは、専門店では、ふきなどの山菜やつぶ貝などが入るのが特徴です。青森では、煮込みおでんに生姜味噌だれを付けて味わうスタイルが人気です。

関東エリアでは、練りものとしては「はんぺん」「すじ」「つみれ」、さらには「ちくわぶ」などが代表的な種ものです。専門店では、昔ながらの茶飯との組み合わせを楽しめるところもあります。

中部エリアでは、黒はんぺんなどの種ものと真っ黒な汁が特徴的な静岡おでん、さらにみそ煮込みやみそ付けおでんが共存している愛知も興味深いです。昆布だしでカニ面(甲羅に身などを詰めたもの)やバイ貝が入る金沢おでんも有名です。

近畿エリアは、大阪では汁が透明の「関西風」と、昔ながらの「関東煮」が共存します。聖護院大根や海老芋が入った京おでん、生姜醬油を付ける「姫路おでん」も人気です。

中国・四国エリアでは、瀬戸内海側と日本海側で味付けや種もの、つけだれに違いがあります。多くのうどん店におでんコーナーが常設されている高松おでん、葉物が特徴の松江のおでんなどが有名です。

九州エリアでは、肉のコクのある味わいや豊富な野菜が魅力です。博多では「餃子巻」が名物、宮崎県都城では大豆もやしとキャベツが入ったおでんが特徴的で、沖縄では豚足や青菜を使ったおでんが見られます。 

おでんという料理には、実に不思議な魅力があります。家庭の食卓に並んでも自然に溶け込み、専門店のメニューに登場しても、堂々とした存在感を放つ柔軟さを持ち合わせた料理です。
さらには、地域や文化、そして時代の変化に柔軟に対応し、進化し続けています。おでんを楽しむことは、単に料理を味わうだけではなく、その背後にある物語や歴史、そしてその土地の文化を感じることでもあります。
それはまさに、"日本を味わう"ということになるのではないでしょうか。

歴史街道の詳細情報

関連記事

編集部のおすすめ

幕末の外交を支えた「西洋料理人」草野丈吉...五代友厚にも認められた手腕とは?

朝井まかて(作家)

粟ぜんざい 神田 竹むら~池波正太郎の江戸を食べ歩く

山口恵以子(作家)

天丼 銀座 天國~池波正太郎の江戸を食べ歩く

山口恵以子(作家)