
Wikimedia Commons/The Modern Review. October 1913
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』において、主人公の松野トキとレフカダ・ヘブンは、言葉の壁を越えて、徐々に心を通わせていく。そのモデルである小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、「ヘルン言葉」なるものでコミュニケーションをとっていたという。はたして、どんな言葉だったのだろうか?『小泉セツと夫・八雲』の著者・鷹橋忍氏が紹介する。
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の主人公・松野トキと、トミー・バストウが演じるレフカダ・ヘブンのモデルである、小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)夫妻の間にも、ドラマと同じように言葉の壁が存在した。
だが、いつしかセツとハーンは独特の言葉を生み出し、意思の疎通を図っていくようになる。二人だけの共通語「ヘルン言葉」である。
ヘルン言葉とは、ハーンが覚えた日本語の単語や慣用句を、助詞(てにをは)なし、動詞と形容詞は活用なし、文章の語順は基本的に英語式という特殊な言葉に発展させたものである(小泉八雲記念館『小泉セツ ラフカディオ・ハーンの妻として生きて』)。
セツはその言葉を忠実に真似て、ハーンと会話するようになった。小泉家では、それを「ヘルン言葉」と呼んだ。
セツとハーンの次男・稲垣巌によれば、ヘルン言葉で「テンキコトバナイ」は、「天気が申し分なくいい」。
「イハホ、タダアソブ トアソブ。ナンボ ワルキ、デス。スコシトキ ベンキョ シマセウ ヨ」は、「巌は、遊んでばかりだから悪い。これから少しの間、勉強する方がいい」という意味だそうだ。
こういった感じであるから、ヘルン言葉を完全に理解できるのはセツだけだったといわれる。
稲垣巌によれば、母・セツに次いで、兄の小泉一雄(セツとハーンの長男)がなかなか上手だったが、巌自身ができたのは、父・ハーンが亡くなる1、2年前頃から、言われる言葉を聴き分ける事のみであったという(以上、稲垣巌「父八雲を語る」〈「桃山」第34号所収〉)
稲垣巌「父八雲を語る」によれば、ハーンは、日常の談話の出来る程度の日本語と、片仮名、平仮名、ほんの少数の漢字の知識で満足しており、日本の書物の読書力は全くなかったという。
一方で、セツはハーンと出会って約2年後の明治26年(1893)1月頃から、ハーンによる英語のレッスンを受けている。
残されたセツの「英語覚え書き帳」には、「ワタリ 水」、「トロンク かばん」、「エテエズ そうです」のように、聴き取った発音やその意味が日本語で記されている。
その中に、ハーンが口にしたのを書き取ったと思われる「ユオ、アーラ、デー、スエテーシタ、レトル、オメン、エン、デー、ホーラ、ワラーダ」という一文がある。
セツはこの一文に意味を添えていないが、これは、「You are the sweetest little woman in the whole world(あなたは全世界で一番スウィートなかわいい女性です)」と思われる(長谷川洋二『八雲の妻 小泉セツの生涯』)。
レッスンにより、二人の絆は深まったと思われるが、セツは英語を習得できたのだろうか。
セツとハーンの長男・小泉一雄によれば、父・ハーンは母・セツに英会話を教えようと試みたものの、習得はとうてい無理だと悟って、諦めたという(小泉一雄『父小泉八雲』)。
また、ハーンは英語を覚えなかったギリシャ人の母・ローザのイメージを大切にし、セツが英語に堪能になることを望まなかった。
セツが流暢な英語を話し、アメリカ人女性のようになることを嫌い、英語は日本女性の美徳を損なうと考え、ハーンはセツに英語を教えなかったという(以上、高瀬彰典『小泉八雲の世界―ハーン文学と日本女性―』)。
小泉一雄によれば、ハーンは一雄には、朝夕の2回、英語の授業を行なった。
だが、セツには「教えてください」と頼まれているのにもかかわらず、少しも教えなかった。
一雄に教えているところを、セツが立ち聞きして覚えようしても、「あなたには他にあなたの仕事があります」と立ち退かせた。
ハーンは、「あなたが英語が達者になれば、つい言わぬでもよいことを西洋人に話したりなどして、ろくなことはない」と、セツには自然に聞き覚えた2、3の単語以外は、英語を教えようとしなかったという(小泉一雄『父「八雲」を憶う』)。
いずれにせよ、セツは英語を取得することはできず、二人はヘルン言葉で語り合った。
ヘルン言葉について、セツとハーンの子どもたちは、「パパとママは、誰にもわからない不思議な言葉で、誰にもわからない神秘を話している」と仲間に語ったという。
詩人の萩原朔太郎は、「人生でいちばん楽しい瞬間は、だれにも解らない二人だけの言葉で、だれにも解らない二人だけの秘密や楽しみを、愛人同士で語り合っている時である」というゲーテの言葉を引用した後、「すべての恋する人々は、自分等以外に全く人影のない離れ小島の無人島で、心行くまで二人だけの生活をし、二人だけのだけの会話をしたいと願うのである。そしてヘルン夫妻の生活が、正にそうした通りの理想であった」と述べている(萩原朔太郎「小泉八雲の家庭生活」(『萩原朔太郎全集』第8巻所収)。
二人にしかわからないヘルン言葉で語り合うセツとハーンは、間違いなく幸せな夫妻だったのだろう。
更新:12月20日 00:05