2020年09月17日 公開
戦国時代の雑兵「足軽」。勇壮な騎乗の武⼠たちではなく、彼らを主⼈公として描いていた⼩説『三河雑兵⼼得 ⾜軽仁義』(井原忠政著、双葉社刊)。『旗指足軽仁義』『足軽小頭仁義』と続く人気シリーズの魅⼒を歴史⼩説家の⿊澤はゆま⽒が熱く語った。
「但将官の外は皆赤米を用いて飯と為す……殆ど下咽に耐えず 蓋し稲米の最悪の者なり」(『日本往還日記』)
秀吉の朝鮮侵略戦争中に、講和交渉のため日本を訪れた朝鮮通信使の黄慎は、こんな記録を残している。
将官の外、つまり雑兵・足軽の類は、現代の我々になじみ深い白い米でなく赤い米を食べていて、味は飲み込めないほどまずく、稲米のなかでも最悪の代物だというのである。
私は拙著『戦国、まずい飯』を書いた際、当時食べられていた赤米に近いと思われる品種、メラゴメを手に入れ、実際に炊いてみた。
形状はインディカ系で細長く、形は崩れ気味、光沢もなかった。正直、見た目は悪い。
で、どんな味だったか……という詳細は、拙著を読んでもらうほかないが、今回井原忠政氏の『足軽仁義』を読んでその時の味を思い出した。
これまでの戦国時代を舞台にした小説は英雄と言えば聞こえがよいが、結局のところ、白米を食べられる側の人間達、つまり上級武士をメインにしたものだった。
しかし、三河は植田村の百姓茂兵衛が主人公のこの小説は一風違う。主要人物は、茂兵衛も弟の丑松も、相棒の辰蔵も、皆赤米を食わされる人々だ。
でも、だからこそ彼らの目線から見える戦国の景色は新鮮で、そして過酷だ。大河ドラマでは、羽でも生えているように軽やかに辿り着く戦場も、彼らは息を切らせ大汗をかき膝を震わせながら辿り着く。
出会う敵は皆強敵。何とか無双のように蹴散らせる雑兵なんていない。なんと言っても彼ら自身が雑兵なのだ。
さらに戦争以前に衣食住、英雄譚では省略される基礎的な生活ラインの不足が彼らに容赦なく牙をむく。
食料は粗末なうえ不足がち、建物は掘っ立て小屋すら屋根があり四方が囲われているのでましな方。
雑兵達が直面する身もふたもない状況を克明に描く本作だが、読み心地は軽やかで清涼感さえある。
それは、茂兵衛のキャラクタによるものだろう。
喧嘩の相手を叩き殺してしまったために、村から叩き出された乱暴者で、とても思慮深いとは言えない男だが、彼なりの原則・倫理は確固として持っている。それは、下腹を負傷してもう助からないことが明白な部下の寅八を、背負って逃げた三方ヶ原の戦いのエピソードで明らかだ。
更新:11月25日 00:05