江戸薩摩藩邸焼討事件～挑発にのった幕府

幕命により庄内藩が江戸の薩摩藩邸を焼討

今日は何の日　慶応3年12月25日

慶応3年12月25日(1868年1月19日)、三田(現在の東京都港区)の薩摩藩江戸藩邸が庄内藩などによって焼き討ちされました。鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争の直接の引き金となった事件です。

慶応3年10月14日、薩摩藩の朝廷工作により、「討幕の密勅」が薩摩・長州に下されますが、同じタイミングで15代将軍徳川慶喜が京都で大政奉還を行なったため、名目的に徳川幕府は消滅、薩摩藩が手にした密勅は意味を失ってしまいました。その後、諸藩は新たな政府のかたちを模索し、その間、慶喜を筆頭とする旧幕府が暫定的に政務を執ることになります。土佐藩、福井藩などは幕府に代わり、有力諸侯を招集して、その会議によって国家の改革を行なう公議政体論を主張し、その議長の席に前将軍の慶喜を据えることを目論んでいました。いわば平和革命です。

しかし、平和革命では慶喜と旧幕府の勢力が温存されることになり、倒幕を目指していた薩摩藩としては甚だ不都合です。そこで薩摩藩としては何とか旧幕府勢力との武力衝突を引き起こすべく、将軍が不在の関東で謀略を仕掛けました。具体的には諸国の尊攘過激派の浪士たちを江戸の薩摩藩邸に集め、薩摩藩士・伊牟田尚平や益満休之助の指示のもと、関東で陣屋襲撃事件を起こさせる一方、江戸市中でも放火・掠奪・暴行を繰り返し、彼らが薩摩藩邸に戻るところを見せつけます。旧幕府勢力が薩摩藩に怒りを覚えるよう仕向けることが狙いでした。

その一方、京都では12月9日に薩摩・安芸・土佐・尾張・福井の各藩が御所の門を固める中、「王政復古の大号令」が発せられる政変劇が行なわれ、幕府・摂政・関白の廃止を決定。同日夜の小御所会議では、前将軍慶喜の辞官納地を薩摩藩主導で決定します。いずれも慶喜の政権復活を阻み、佐幕派勢力を新政権から除外する狙いがありました。しかし、この薩摩藩主導による強引な「慶喜叩き」にはさすがに諸藩から同情論が巻き起こり、肥後藩・筑前藩・阿波藩などは薩摩に御所からの兵力撤退を要求します。 また慶喜も黙ってはおらず、大坂城に米英仏蘭伊普6カ国の公使を招き、内政不干渉と、外交権は依然、自分が握っていることをアピールしました。さらには、王政復古の大号令の撤回を求める動きを見せ、朝廷もそれを認める方向に傾きます。

王政復古のクーデターまで敢行しながら、慶喜と旧幕府を支持する勢力が健在であることに、薩摩藩は大いに困惑、事態を打開する方法は一つしかないと結論づけます。すなわち、慶喜と旧幕府勢力を戦いに引きずり込み、武力で叩き潰すことで、新政権の主役が誰であるかを諸藩に認めさせることでした。

12月22日、薩摩藩邸に匿われる浪士たちは30人余りで、江戸市中取締りを任じられている出羽庄内藩お預かりの新徴組の屯所を襲い、鉄砲を撃ちかけて薩摩藩邸に引き上げます。翌23日には、浪士らは庄内藩の屯所を銃撃、使用人一人を殺しました。ここに至り、将軍留守中の江戸を預かる老中・稲葉正邦は、薩摩藩邸を根城にする不逞浪士らの討伐を決断。庄内藩・上山藩・鯖江藩・岩槻藩・出羽松山藩が討伐に向かう事になります。総勢の指揮役は、庄内藩監軍・石原倉右衛門が任ぜられました。

12月25日、討伐勢は未明に三田の薩摩藩邸を包囲すると、薩摩藩に賊徒引渡しを要求し、薩摩藩がそれを拒むと一斉に砲撃を開始、薩摩藩邸に討ち入ります。薩摩藩側も浪士らが応戦しますが、多勢に無勢であり、3時間ほどで薩摩藩邸は焼失しました。この討ち入り騒ぎで、薩摩藩邸側は浪士を含む64人が討たれ、112人の浪士が捕縛されます。一方、討伐勢は11人が命を落としました。

事件の知らせは3日後の28日には、大坂城の徳川慶喜ら旧幕府方に届きます。この知らせに旧幕府主戦派は激昂し、「討薩の表」を掲げて、京に向け進軍することになりました。しかしそれは、薩摩藩の思う壺だったのです。

明けて1月3日、鳥羽・伏見の戦いが起こり、敗れた旧幕府軍は賊軍のレッテルを貼られることになります。翌年の5月まで続く戊辰戦争の始まりでした。しかし、薩摩藩にすれば、鳥羽・伏見開始までは薄氷を踏む思いの日々だったのです。