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東大教授がお薦めする「歴史の勉強法」とは?~インターネットから史料・文献まで

2017年12月18日 公開
2022年07月14日 更新

山本博文(東京大学史料編纂所教授)

江戸時代研究の基本史料

しかし、歴史研究となると、当然インターネットだけに頼るわけにはいきません。基本的な文献を調べる手法を身につける必要があります。江戸幕府の役職では、まず笹間良彦氏の『江戸幕府役職集成』(雄山閣出版)が便利です。同氏には『図説 江戸町奉行所事典』(柏書房)もあります。『旧事諮問録』(岩波文庫)は、明治になって歴史学者が町奉行や小姓など江戸幕府に仕えていた役人に聞き取り調査をしたもので、役職の実態がよくわかります。

専門的に調べる時は、明治時代に神宮司庁が編纂した百科事典である『古事類苑』の官位部三を見れば、その解説と関連史料が収録されています。大名や旗本の人名については、幕府が編纂した『寛政重修諸家譜』を検索すれば、経歴まで出てきます。寛政以降は、『大日本近世史料』の「柳営補任」で役職者を調べることができます。

また、幕末期では、幕臣の提出した由緒書や明細短冊をまとめた熊井保氏の『改訂新版 江戸幕臣人名事典』(新人物往来社)が役に立ちます。ある特定の年代の役職者を調べるには、須原屋などの民間の書肆が刊行した、幕府の職員録である『武鑑』の当該年度を見ます。これは、東洋書林から影印本(原本を写真撮影し、刊行したもの)の『江戸幕府 役職武鑑編年集成』が刊行されています。

江戸幕府の法令は、幕府が寛保、宝暦、天明、天保の各時期に編纂した法令集が岩波書店から『御触書集成』全5冊として刊行されています。明治時代に司法省が編纂した『徳川禁令考』全11冊(創文社)も幕府法令の基本史料です。ただ、こうした史料集を使いこなすためには、江戸時代の文章がある程度読めなければならないので、少しハードルが高いかもしれません。
 

三人いた長谷川平蔵

たとえば、池波正太郎氏の小説やテレビドラマの『鬼平犯科帳』を見ていて興味を持ったとしたら、瀧川政次郎氏の『長谷川平蔵』(中公文庫)や拙著『旗本たちの昇進競争─鬼平と出世』(角川ソフィア文庫)などがあります。平蔵に限らず、旗本のことを知るには、小川恭一氏の『江戸の旗本事典』(角川ソフィア文庫)が便利です。

直接、史料で調べる場合は、まず『寛政重修諸家譜』にあたります。これは大名・旗本が提出した家譜を幕府が編纂したものです。続群書類従完成会が刊行した本には、索引がついています。長谷川平蔵なら、称呼索引で「平蔵」を引き、その中から長谷川という苗字を持っている人を見ます。

すると、宣雄・宣以・宣義の三人が14巻96〜97頁に記載されていることがわかります。そこを見て、生きた年代や経歴から、どの人が「鬼平」と呼ばれた人なのかを確定するのです。ちなみに鬼平は宣以で、宣雄は鬼平の父、宣義は子です。みな平蔵を名乗っています。

宣義は、寛政7年(1795)9月8日、父宣以の死の直前に書院番士に編入され、父の死後、遺跡相続を赦されました。この時、26歳でした。父が火付盗賊改として業績を積んでいたからか、翌年2月10日には小納戸となり、5月23日には若君(後の12代将軍家慶)に付属させられています。

小納戸は、将軍の側近く仕え、後に栄達する可能性が高い役職です。武術にも優れていたらしく、将軍家の鷹狩りにお供し、鳥を射て褒美の時服(季節の衣服)を賜っています。

そうなると、彼のその後の人生を知りたくなります。しかし、寛政以後の経歴は、『寛政重修諸家譜』ではわかりません。そこで、「柳営補任」を調べてみました。

すると宣義は、文政9年(1826)4月2日、西丸小納戸頭取介となり、受領名の「山城守」を名乗っています。その後、頭取に昇進し、天保2年(1831)6月8日には先手弓頭に異動しています。鬼平は先手弓頭でしたから、同じ役職です。そして、同7年3月7日、在職のまま死去したとされています。年齢を数えてみると67歳です。

11代将軍家斉が長命で、家慶が将軍になるのが遅かったため、宣義はあまり出世できなかったということかもしれませんが、先手頭は戦国時代の足軽大将ですし、山城守を名乗っていたのですから、400石の旗本としては悪くない人生だったと言えるでしょう。

このように幕府関係の基本的な文献を使いこなすことができるようになれば、いろいろなことがわかってきます。先に紹介した私の本は、「よしの冊子」(『随筆百花苑』中央公論社)という史料を読んでいて、長谷川平蔵(鬼平)の記述がたくさん出てくることを知って書いたものです。

「よしの冊子」は、寛政の改革を行った老中首座の松平定信が家臣の水野為長に命じて収集させた江戸城中や江戸市中の噂話を集めたものです。老中をはじめとする幕閣、町奉行、火付盗賊改の評判や噂話がリアルに書き留められており、この時代を見るための一級史料と言って間違いありません。

この史料によって、平蔵が町奉行になりたいと望んでいたこと、長く火付盗賊改を務めた平蔵が、酒を呑みながら昇進のないことを愚痴っていたこともわかりました(当時の幕閣の評判を紹介した『武士の人事評価』〈拙著、新人物文庫〉参照)。

歴史の愉しみは、歴史書を読んでさまざまなことを知ることだけではありません。自分で調べて新しいことを知ることの方がもっと愉しいものです。そして、自分で調べるという経験を積めば、優れた歴史書の良さを実感することもできます。読者の方にも、ぜひそういう経験をしてもらいたいと思います。

※本記事は、山本博文著『歴史の勉強法』(PHP新書)より一部を抜粋、編集したものです。

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