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日清戦争に込めた日本人の真の願い~「有道の国」を目指して

2014年05月30日 公開
2022年03月10日 更新

童門冬二(作家)

悪友を親しむ者は共に悪名を免がれない

日清戦争の戦闘プロセス年表的に歴史を眺めると、あたかも明治維新が1つのゴールで、これによって西洋列強の脅威から脱することができたかのように思ってしまいがちです。しかし、それは大きな間違いで、明治維新は、危機を撥ね退けるための「スタート」に過ぎません。まだまだ脆弱だった明治新政府は、絶え間ない危機の中で、いかに日本の独立を確立するかギリギリの選択を重ねていたのです。

しかし、その中でも「日本は有道の国たらん」という想いは受け継がれていきました。西郷隆盛や福沢諭吉も、そのような想いを色濃く持っていた人々です。

たとえば福沢は、有名な『学問のすヽめ』の中で、「身も独立し、家も独立し、天下国家も独立すべきなり」と書いています。これはつまるところ、江戸の儒教教育の中で重視された「修身斉家治国平天下」に他なりません。福沢の考えを平たくいえば、「個人が修養を積み、文明化しなければ、日本は『有道の国』になれない」ということになるでしょう。福沢諭吉は儒教的な理想を、西洋風の新たな言葉に翻訳して訴えたともいえます。

福沢諭吉が『学問のすヽめ』や『文明論之概略』で主張したのは、「人間も国家も独立自尊の存在であり、対等な関係でなければならない」ということでした。それゆえ福沢は、欧米列強が押し付けた不平等条約の改正を強く願い、また清や朝鮮の「華夷秩序」を固陋と断じました。福沢は、清や朝鮮と対等に尊敬しあう関係となり、手を携えて西洋列強に対峙する道を夢見たのです。

西郷隆盛も同じ想いを胸に抱いていました。そもそも西郷は、幕末に横井小楠から大きな影響を受けています。また、西南戦争の直前に大山巌が西郷に福沢諭吉の本を贈っていますが、西郷はその礼状に「とくと拝読して実に目を覚ましました。諸賢が様々な富国強兵策を書いていますが、福沢の右に出るものはないでしょう」と書いているのです。「たとえ国が斃れても正道を踏むという精神がなければ外国交際は全うできない」(『西郷南洲遺訓』)という言葉を残した西郷も間違いなく、「正しい道を大切に守りつつ、西洋文明に学んで富国強兵を果たし、大義を四海に布く」ことを願っていました。

このような理想を胸に、明治の日本は朝鮮に、開国と清からの独立を促します。

しかし、朝鮮は聞く耳を持ちません。当時、朝鮮を治めていたのは守旧的な大院君(国王・高宗の父)でした。朝鮮は明治新政府からの国書の受け取りすら拒否。さらに、日本は洋夷になった(仮洋夷)として侮蔑し、不法な排斥を続けたのです。

一方、清にとっても、「華夷秩序」を墨守する朝鮮を独立させるなど到底許せぬことでした。そのため軍隊を派遣して積極的に朝鮮に介入し、日本の働きかけを徹底的に潰します。

このような情勢下、朝鮮国内でも金玉均や朴泳孝など、欧米の動向に危機感を募らせる若手改革派の高級官僚が現われ、日本と提携して近代化する道を模索します。福沢はじめ多くの日本人も、彼ら朝鮮人の手で朝鮮近代化への改革が行なわれることを願いました。福沢は多くの朝鮮人や清国人を慶應義塾に留学させたり、自分の弟子を朝鮮に派遣して初のハングル表記の新聞を発刊する運動を起こすなど、積極的な支援を続けています。

しかし、朝鮮国内は権力闘争で混迷を深めるばかり。金玉均ら朝鮮改革派はクーデター(甲申事変)を起こしますが、清国の介入により潰え去り、多くの進歩派人士が惨殺されます。後に金玉均も朝鮮政府が放った刺客に暗殺され、遺体を切り刻まれて晒されるという無惨な最期を遂げました。

金玉均のクーデターが失敗した時に福沢が書いたのが、「脱亜論」の有名な一文です。

「悪友を親しむ者は、共に悪名を免かるべからず。我れは心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」

熱心に清や朝鮮の近代化を支えようとした福沢のこの叫びからは、朝鮮も清も、結局は「因循固陋」から脱しえなかったという深い悲しみと絶望が伝わってきます。

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著者紹介

童門冬二(どうもん・ふゆじ)

作家

1927年東京生まれ。東京都職員時代から小説の執筆を始め、’60年に『暗い川が手を叩く』(大和出版)で芥川賞候補。東京都企画調整局長、政策室長等を経て、’79年に退職。以後、執筆活動に専念し、歴史小説を中心に多くの話題作を著す。近江商人関連の著作に、『近江商人魂』『小説中江藤樹』(以上、学陽書房)、『小説蒲生氏郷』(集英社文庫)、『近江商人のビジネス哲学』(サンライズ出版)などがある。

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