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アベノミクスの手本! 高橋是清の「運」をつかむ生き方

2013年05月15日 公開
2022年11月30日 更新

童門冬二(作家)

「無私」の心をもって

 昭和4年(1929)の世界恐慌の際も、是清は自らの経験の中から最適と思われる対処策を導き出し、見事に日本を救っています。この時の是清の根幹にあったのは、「無私」の心ともいうべきものでした。

 世界恐慌が勃発すると、是清は要請を受けて5度目の蔵相に就任しました。当年、78。まさに老体に鞭打っての再登板でしたが、「いま奉公しなければ、する時はない」と是清自身も述べているように、日本のために全身全霊を尽くす覚悟でした。

 是清が、恐慌退治の際に何よりも重んじたのは「人々(庶民)のためになるか」という一点です。

 是清は、金融緩和と積極的な財政出動、そして個人の消費の促進を重視しました。それにより円安にして輸出を伸ばし、さらに社会全体でお金を使う流れに導いて、恐慌から脱却したのです。ちなみに是清が蔵相在任中であった昭和6年から3年間で、輸出額は11億円から21億円と、驚くことにほぼ倍増しました。

 是清の経済政策の大前提は、多くの人々の生活を豊かにすることでした。これは、「国を富ませれば人々が豊かになる」ではなく「人々を豊かにしてこそ国は繁栄する」という発想です。考えのスタートが、あくまで「人間」だったことが重要なのです。

 また、是清はアメリカを例に挙げて、次のようなことを述べています。

 「米国人は決して人の助力を仰がない。自分の腕で世に立つとの思いが極めて強いからだ。たとえば、米国の乞食は紳士の馬車の着く所に待っていて、扉を開く、そして黙って手を差し出す。紳士は馬車を降りて5銭か10銭をやる。乞食すら決してただで金銭を貰わない。ここが面白いではないか」

 是清が説いているのは、各人が自助努力をすることの大切さです。自助努力によって個人が幸せになってはじめて、その個人の属する家族から地域社会、そして国家までもが幸せになっていく――つまり、自助の人々が集まることで、より良い社会をつくることができるという考え方です。これは何も、アメリカに限った話ではありません。私が好んでで用いる 「修身-斉家-治国 - 平天下」 という儒教の教えも、まったく同じ意味です。

 「人々のためになるか」という点を最も重んじて、恐慌に立ち向かった是清。そこには己の欲得が介在する余地などありません。ただ、「困っている人々のために、日本を窮地から救うために、働きたい」という思いがあるだけです。若い頃より、「失うものは何もない」と欲得を離れて行動してきた是清にすれば、「無私」の姿勢はある意味、当然だったでしょう。

 そして、その姿勢は是清に限らず、維新の動乱を経てきた者たちに、多かれ少なかれ共通するものでした。是清自身が、「己を捨てて君国のために殉する至誠の観念の盛んであったことは、昔が羨ましく思う」と述懐するように、維新の頃には多くの者が「日本のために働く」という気概を抱いていました。嘉永7年(1854)に生まれた是清もまた、当時の空気を肌で感じながら成長した1人です。

 ひたすら日本のためにという「無私」の心と、豊富な人生経験があればこそ、是清は世界で最も早く、世界恐慌から日本を救うことができたのでしょう。そして忘れてならないのは、そんな是清だからこそ国民は絶対的な「信頼」を置いて、彼にすべてを託したのです。それは是清が個人レベルで運をつかんだのではなく、いわば一国の運をつかむという、壮大なスケールで語られるべきものなのかもしれません。

 晩年の是清の顔は、何とも魅力的な「童顔」です。言い方は悪いかもしれませんが、どことなく天衣無縫の「とっちゃん坊や」を、思い起こさせます。まるで、彼が終世抱き続けた純真な「童心」が、顔にそのまま表われているかのようです。その意味で、つくづく「見事な顔」だと、私は思うのです。

 人間というものをよく知り、どこまでも陽性で純真な高橋是清の「運」をつかむ生き方に、激動の現代を生きるヒントが、隠されているように思えてなりません。

著者紹介

童門冬二(どうもん・ふゆじ)

作家

1927年東京生まれ。東京都職員時代から小説の執筆を始め、’60年に『暗い川が手を叩く』(大和出版)で芥川賞候補。東京都企画調整局長、政策室長等を経て、’79年に退職。以後、執筆活動に専念し、歴史小説を中心に多くの話題作を著す。近江商人関連の著作に、『近江商人魂』『小説中江藤樹』(以上、学陽書房)、『小説蒲生氏郷』(集英社文庫)、『近江商人のビジネス哲学』(サンライズ出版)などがある。

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