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アベノミクスの手本! 高橋是清の「運」をつかむ生き方

2013年05月15日 公開
2022年11月30日 更新

童門冬二(作家)

高橋是清
 

人間、失うものは何もない……なぜ、高橋是清は「日本の運」をつかみ得たのか

「顧みれば予の前半生もまた波瀾重畳、種々なる逆境を嘗めて来た」

自身が述懐するように、高橋是清の前半生は実に起伏に富み、何度も「どん底」を味わっていた。しかしその経験から彼は、人間や世の中を知悉し、「運」のつかみ方を自得していく。そんな彼を、やがて恐慌に見舞われた日本が必要とした。是清の「運」をつかむ生き方とは、どのようなものだったのか。
 

「アベノミクス」のモデルとなった男

 「デフレ不況を好転させた経験者は、現在いません。ならば我々は、歴史に学ばなければいけません。一番は、高橋是清です」

 昨年(平成24年(2012)12月26日の安倍晋三内閣発足直後、麻生太郎財務大臣はこのように語りました。

 安倍内閣と言えば、大胆な金融緩和を唱え、円安を導いて輸出を促進し、株価の上昇をもたらしたことが記憶に新しいでしょう。この、いわゆる「アベノミクス」の効果もあり、日本には好景気の兆しが見えつつあります。

 そして、麻生大臣がその名を挙げているように、この経済手法のモデルとなった人物が高橋是清でした。

 是清は、危機的な不況に喘いでいた旧制(戦前)の日本を、一転、活況へ導いたことで知られます。生涯で7たびも大蔵大臣を務め、中でも昭和4年(1929)からの「世界大恐慌」では、世界中のどの国よりも早く、日本を見事な手腕でデフレーション不況から救いました。

 「戦前の昭和」と言えば、恐慌や二・二六事件などのイメージもあり、政治も経済も陰鬱で暗いという印象をお持ちの方も多いでしょう。しかし、そうした型にはまった見方は必ずしも正しくありません。少なくとも、是清が大蔵大臣として辣腕を振るっていた時期は、経済的に上向き、明るい世相になりつつありました。現在の安倍内閣も、そんな是清から多くを学び、不況を突破しようとしているのです。それにしても、是清はなぜ、大恐慌という世界的な窮境に敢然と起ち上がり、偉業を成し遂げることができたのでしょうか。「自分は運がいい」とは、是清自身の言葉です。しかし私は、「運のよさ」ではなく、彼の「運をつかむ」生き方にこそ注目すべきだと考えています。ここでは、そんな是清の生き方を、「波瀾方丈」の人生とともに見ていきたいと思います。

 「顧みれば予の前半生もまた波瀾垂畳、様々なる逆境を嘗めて来た」

 自身も述懐しているように、是清の前半生は実に起伏に富んでいます。そもそも出生から、波乱含みであったといえるでしょう。

 是清は、母親が生家に奉公していた女中であったため、父親に認知されることはありませんでした。さらに生後僅か4日後には、仙台藩の足軽・高橋家に里子に出されてしまいます。ひねくれたり僻んだり、俗に言う不良少年への道を辿ってもおかしくないような生い立ちです。

 しかし是清は、こうした境遇ながら誰も恨むことなく、「お天道様」の陽射しを浴びて歩くかのように、明るく生きていきました。その姿は向日性のタンポポやヒマワリの花、はたまたカボチャの蔓を連想させます。こうした生き方ができたのは、1つには理屈を超えた生来陽性の資質によるものでしょう。そしてもう1つは、若き是清が慶応3年(1867)に留学して、アメリカという国に直に触れたことが大きかったと思います。

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著者紹介

童門冬二(どうもん・ふゆじ)

作家

1927年東京生まれ。東京都職員時代から小説の執筆を始め、’60年に『暗い川が手を叩く』(大和出版)で芥川賞候補。東京都企画調整局長、政策室長等を経て、’79年に退職。以後、執筆活動に専念し、歴史小説を中心に多くの話題作を著す。近江商人関連の著作に、『近江商人魂』『小説中江藤樹』(以上、学陽書房)、『小説蒲生氏郷』(集英社文庫)、『近江商人のビジネス哲学』(サンライズ出版)などがある。

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