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孫の節句に送った直筆の手紙...岡山市でみえた“千姫のおだやかな後半生”

2024年01月25日 公開

歴史街道編集部

岡山城写真:岡山城

徳川家康を祖父にもち、数えにして僅か7歳で豊臣秀頼のもとに輿入れした千姫。大坂の陣後、彼女は江戸にもどるが、一人の武将との出会いを機に、人生を再び強く歩み始める。桑名市、姫路市、常総市、文京区、岡山市といったゆかりの地から、そのドラマチックな生涯をたどってみよう。今回は、岡山市に向かった。

 

娘の夫は名君だった

千姫と本多忠刻(ただとき)の娘・勝姫(かつひめ)が池田光政に嫁いだのは、寛永5年(1628)のことだ。

光政はその4年後に岡山藩主となり、学問の奨励や医療促進、民の意見を聞く「諫箱 (いさめばこ。目安箱)」の設置など善政を敷き、名君と称されていく。娘の嫁いだ相手がそれほどの人物であれば、千姫も安堵したことだろう。

岡山城は、黒塗りの壁が空に映える美しい城で、その色から烏城(うじょう)とも呼ばれる。

城へは、JR・岡山駅前から路面電車が便利だ。東山(ひがしやま)行きで城下(しろした)電停で下車、そこから徒歩5分ほどで岡山城入口に到着する。「目安橋」から城へ入ると、巨石から成る石組みがあり、そこをのぼるように階段が続く。歩いていると、かなり高台にある城だということがわかる。

「ちょうど令和4年(2022)11月にリニューアルオープンしたばかりです」

そう案内してくれるのは学芸員の原田莉沙子さん。

「戦災で焼けてしまった岡山城ですが、その後再建され、今回、令和の大改修を行ないました。その際、もっと岡山と城の歴史を身近に感じてもらえるような工夫を随所にしてあります」

城内には、宇喜多家、小早川家など歴代城主の紹介や、火縄銃や刀のレプリカを実際に触れられるコーナーなどがある、誰もが楽しめる空間となっている。

光政が神社に奉納した二振の刀もあるが、一本には葵の紋が、もう一本はきらびやかな装飾が施されている。城のつくりについて、原田さんはこう語る。

「この城は不等辺五角形という特殊な形になっています。背後にある旭川(あさひがわ)が天然の堀の役割をしていました」

しかし、承応3年(1654)、備前大洪水のために旭川が氾濫、岡山城下は甚大な被害を受ける。このとき、勝姫は千姫から4万両という多額の援助を受けている。

すでに寡婦となっている千姫だが、さすがに徳川将軍家の娘である。いまだその力は衰えていなかったのだろう。

「向かいの林原(はやしばら)美術館の場所は、かつて岡山藩の迎賓館があり、幸い戦災にあわずにすみました。そのため、池田家にまつわる資料も多く保存されています」

その話をうけ、さっそく堀を挟んで向かい側にある林原美術館へ行ってみた。

 

浮かび上がってくる後半生

千姫書状写真:千姫書状(提供:林原美術館)

林原美術館の入口は、江戸時代末期の長屋門だ。ここは西国大名たちが接待を受けた場所というが、当時のままの門に、なんとなく緊張感を覚える。美術館では、学芸員の槌田祐枝さんが話を聞かせてくれた。

「ここは戦災にあわず、池田家の蔵も3つほど現存しています。そのなかには大量の古文書などがありました。光政と子の綱政時代のものも多く、和歌のやり取りなど、ちょっとした書き物が残っています。なかなか几帳面で、手紙などの状態も良好なんです」

美術館には、千姫直筆の手紙もある。勝姫夫妻に長男が生まれ、その端午の節句に祝いを送ったこと、元気でいるようにと気遣う内容だ。ちらし書きのうつくしい手蹟(しゅせき)で、品の良さが感じられる。

「祝いの言葉とともに『なおなお、目出度(めでた)い便りを重ねて申し受けたいものです』とありますから、次の子も期待していますよ、ということでしょう」

千姫には、勝姫と夭折した幸千代しか子がいなかった。幼児が早世してしまう時代、家を絶やさぬためには、子どもは多いほうがよい。そんな心配をしていたのかもしれない。

また美術館には、千姫の孫にあたる通姫の婚礼道具も所蔵されている。その一つ、貝合わせの貝を入れる貝桶は、綾杉地(あやすぎじ)に獅子と牡丹の柄、700枚ものハマグリには色鮮やかな絵が描かれた、贅を尽くしたもの。

娘の暮らしを思い、孫の成長を見守っている千姫の姿を想像すると、やさしい「おばあちゃん」の顔が見え隠れして、ほほえましく思える。岡山は千姫のおだやかな後半生が、感じられる場所であった。

写真:通姫の婚礼道具。綾杉地獅子牡丹蒔絵婚礼調度(貝桶/提供︰林原美術館)

 

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