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幕末の英雄の雄姿と肉声を再現!「リアル龍馬」プロジェクトに迫る

2024年01月06日 公開

田中次郎(ライター)

坂本龍馬↑龍馬の古写真(右)をもとに制作されたCG(左)

たった数秒の映像......しかし、それは目を引くには十分だった。あの坂本龍馬が声を発し、生き生きと動いているのだから。在りし日の龍馬を、最先端技術によって完全再現した「Yakult(ヤクルト)1000」のCM。いったい、どのようにして制作されたのか。その背景に迫った――。

 

「リアル龍馬」プロジェクト、制作の背景とは?

文久2年(1862)3月、土佐藩を脱藩した坂本龍馬は、檮原から国境を越えて伊予国に入り、大洲を経て下関に向かった。同年10月、勝海舟を訪ねた龍馬がその門下となり、以後、神戸海軍操練所への参加、海援隊結成など、世に知られる活動を繰り広げたことは周知の通りである。

龍馬が飛躍する最初のステップともいえる脱藩に光をあててつくられた「Yakult1000」のCMで興味深いのは、残された写真を基にCG(コンピュータ・グラフィックス)で顔を再現し、AI(人工知能)を使って声を再現するなど、最新のテクノロジーを使って、龍馬の在りし日の姿を蘇らせたことだ。

「リアル龍馬」プロジェクトと呼ばれたCMの制作は、どのようなものだったのだろうか。

 

60パターンの表情、10万本の毛

小樋山青蓮
↑株式会社デジタル・フロンティアの小樋山青蓮氏

「CMに昔の偉人を登場させたい。CGで顔を再現するのは、技術的に可能か」

株式会社デジタル・フロンティアに打診があったのは、制作を始める半年ぐらい前だったと、企画室プロダクションマネージャーの小樋山青蓮氏は語る。

その時点で人物は未定だったが、最終的に坂本龍馬と決まり、同社はCGによる顔の再現を依頼された。顔の再現はモデリング、つまりコンピュータ上で立体像をつくることから始まる。

「現存する写真で公式に龍馬本人と認定されている6種類から、どの写真とも齟齬がないようにバランスを取りながら造形しました」

モデリングを担当したCG制作部キャラクターアーティストの福田亘太郎氏は、再現の基本方針についてそう語る。

懸念されるのは、龍馬の写真は正面と斜めから撮ったものばかりで、横顔がないことだ。この点を尋ねると、「そこは不安だったところです」と福田氏はうなずき、高知市桂浜の坂本龍馬像の横顔を参考にしたという。

福田亘太郎氏↑同社の福田亘太郎氏

「銅像がつくられた昭和初期は、龍馬を知る方がまだ存命で、似ているとおっしゃったそうです」(福田氏)

こうして出来上がったCGの立体的な顔に動きを与えるには、「さらに顔が変形するパターンをつくる必要があります」(小樋山氏)。

要するに、「表情」を作成しなければならないのだ。

「龍馬役の役者さんに顔を動かしてもらい、3D情報として記録して、それをベースに60パターンほど表情をつくりました」(小樋山氏)

さらに、CGで造形した顔と役者の身体を合成させていく。この工程で重要なのが「光」だ。たとえば朝日が昇るシーンに、真昼の光があてられたCGの顔を合わせたら、違和感が生じるだろう。光の当たる角度、色などを合わせないといけない。

そこで、映像の背景となるシーンの撮影ロケにCG制作スタッフが同行し、現実空間の光の情報を機械的に収録して、それをCG内で再現したという。撮影は高知県から愛媛県に続く、本物の「脱藩の道」で行なわれた。

「朝日、夕日と環境が変わる場合は光の色も違うので、テイク(1回分の撮影)ごとに光の情報を収録し、OKになったテイクの記録に合わせてCGの光を調整します」(小樋山氏)

綿密に光を収録することで、リアリティの精緻化を図ったわけである。

なお、「リアリティ」の面で感心させられたのは、「毛」だ。

坂本龍馬のCG
↑緑に光っているのが顔の産毛部分。この緻密さがよりリアルに見える鍵だという

「顔には産毛を生やし、頭髪も10のパーツに分けています。生え際は細さを重視し、メインの髪とは別につくりました」(福田氏)というように、部位ごとに毛質を変えているのだ。CGの龍馬に植えた頭髪の本数は、実際の人間と同じぐらいの10万本だそうである。

 

ゼロから声をつくる

株式会社ORENDA WORLDの鶴口泰寛氏、長谷川雄一氏
↑株式会社ORENDA WORLDの鶴口泰寛氏(左)、長谷川雄一氏(右)

坂本龍馬の顔は、写真を参考にできる。しかし、龍馬の声はまったく残っていない。

音声の再現を担当した株式会社ORENDA WORLD・AIエンジニア開発室の鶴口泰寛氏に、「龍馬の声は残されていないですよね」と水を向けると、

「声を再現する場合、元から存在する声を素材にするのが常識でした。ゼロからつくり出すことはあまりなかったので、悩みましたね」との答えが返ってきた。

鶴口氏のチームが目を向けたのは、「顔」である。

「声の要素として着目したのが、顔の骨格です。話し合った結果、顔の情報から再現するしかないという結論に至りました」(鶴口氏)

そこで使われたのがAIだ。

「世界中から顔と声とが一致するデータを1万人以上集め、『こういう顔のアジア系男性は、こういう声を出しやすい』というデータをAIに学習させます。そして、CGで造形した龍馬の顔の情報をAIに入れ、声を出力しました」(鶴口氏)

といっても、一回で終わるわけではない。

「当初は、本当に日本人か、と疑いたくなる声が出てくることもありました。どういう学習をさせたかはあまり話せませんが、龍馬のイメージに近い声を3つに絞って、2カ月間でそれぞれ並行して声質を学習させ、まさにトライアンドエラーで声をつくりました」(鶴口氏)

だが、そうして再現した声も、CGの動きに合わせて抑揚をつけるのは至難の業だ。さらに「土佐弁」という方言の難しさもある。

そのため、「今回のアプローチはボイスコンバージョン、要するに、役者さんに声を出してもらって、それにAIで再現した坂本龍馬の声質をあて、変換する方法をとりました」(鶴口氏)。

メルスペクトログラム↑メルスペクトログラムと呼ばれる声紋データ。左が役者の声で、右がその声をAIに学習させて制作した声だという

こうしてAIがつくった「声」を15パターンほど、脱藩シーンの映像を制作する監督に逐次送り、フィードバックを受けて、試行錯誤を繰り返した。

「映像をつくる側の要望に添いながらチューニングして、品質を上げていく。映像制作に合わせて進めるという感じです」と、同社の長谷川雄一氏が補足して説明した。

「映像制作のチームにディレクションしてもらいながら、詰めていく作業を1カ月以上やりましたが、なかなか声が確定しませんでした。龍馬の実際の声に触れたことがないので、映像をつくる側も悩まれたのでしょう」(長谷川氏)

今回のプロジェクトを終えた感想を尋ねたところ、長谷川氏は「鶴口が新しい手法を試し、難しいことをよくやりきったと感心しています」と称え、鶴口氏も「前例がなく、チャレンジングで研究的にも面白いテーマだから、わくわくしながら制作しました」と語ったのが印象的だった。

 

ついにそういう時代が来たか

倉持基↑倉持基氏

今回の「リアル龍馬」プロジェクトを学術的な面から監修したのは、大東文化大学外国語学部講師で渋谷龍馬会共同会長の倉持基氏である。

「坂本龍馬の兄・権平の子孫である坂本家十代目当主の坂本匡弘さんの紹介で、CM制作の担当者から依頼が来ました。坂本龍馬の顔をできるだけリアルに再現したい、ついてはアドバイスをしてほしい、とのお話だったので、お引き受けしました」

倉持氏のアドバイスは、まず「1つの写真だけで再現しようと思わず、龍馬の写真を全部使い、いろいろな角度から見てつくって欲しい」ということだった。

「龍馬に関しては多くの人が写真で顔を知っているので、あまりにリアルさを追求し過ぎると、かえって『この顔は違う』という印象を抱かれる可能性が高い。はっきりしないところはあまりこだわらず、バランスを考えたほうがいいという話も、スタッフの皆さんにしました」

また、再現するシーンについて「どの場面がいいか挙げて欲しい」と求められ、いくつかの候補の中から脱藩のシーンを推したという。

ちなみに、再現された龍馬の顔を見た坂本匡弘氏は、「気になるところも多少あるが、これが龍馬といっていいのではないか。ほぼ完璧だ」と話したそうで、倉持氏は「全体の雰囲気から龍馬らしさを感じられるかを重視したからこそ、そう思ってもらえたのだろう」と語る。

龍馬の顔をCGで再現し、動画で表現する今回の試みをどう捉えているのか尋ねると、

「最初に聞いたとき、ついにそういう時代が来たかと思いました。ITを使って再現する技術をもっていたら、私自身がやりたかったぐらいです」と答えた。

東京大学大学院学際情報学府に進んだ倉持氏は、平成7年(1995)に日本顔学会を立ち上げた原島博教授を主指導教員として、歴史資料(史料)とIT技術を結びつけ、新しい研究に打ち込んだ。

博士課程では東京大学史料編纂所の歴史情報論研究室に移り、「従来は史料とされなかった画像資料などから、IT技術を使って情報を引き出し、史料として使えるようにする学問」である「歴史情報論」の研究に従事し、それを古写真に応用しようと考えたという。

写真を見れば何が写っているかはわかるが、写っている人物名、撮影場所、時期、撮影者などは、説明がついていないとわからない場合が多い。

「この20年ほどの間に、写真から情報を抽出するノウハウが蓄積され、史料として扱われてこなかった写真にスポットがあたってきました。いまは歴史写真学といえるところまで来ています」

たとえば、IT技術の進歩によって、高精細にデジタル化した古写真をかなりの大きさに拡大できるようになった結果、今まで識別不明だったものの正体が判明するなど、それらをもとに写真を様々な角度から分析することが可能になったのだそうだ。

「幕末当時の写真技術では人間の肌などのテクスチャーはあまりあてになりません。シミやホクロなどは実際にあったものなのか写真の現像工程でついてしまったチリやホコリなのかの判別が困難なため、今回のCGでは、あえて強調しないようにとのアドバイスもしました」

CG、AIに加え、新しい分野である歴史写真学もまた、本プロジェクトを支えた1つといえるかもしれない。龍馬だけでなく、様々な偉人が映像で蘇る日も近いだろう。

 

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