歴史街道 » 本誌関連記事 » キリシタンの潜伏を支えたのは...長崎・天草で辿った「信仰がもたらす光」

キリシタンの潜伏を支えたのは...長崎・天草で辿った「信仰がもたらす光」

2023年07月28日 公開

川越宗一(作家)

 

2日目 噴き出す蒸気を眺めながら...

原城跡の天草四郎像
原城跡の天草四郎像

長崎の東には島原半島がある。火山群である雲仙岳が大きく成長して半島になったような地形で(じっさい、そういう成り立ちではないだろうか)、地図を見ているだけで地球の生命力を感じられる。

2日目はまず、この雲仙岳に向かう。

雲仙岳は温泉嶽とも書き、古くから温泉の名所だった。奈良時代に書かれた風土記での記載がたぶん最も古い記録で、いまは行く先々に温泉旅館がある。観光名所の雲仙地獄では、大小の岩がごろごろ転がり、そこここから濃密な蒸気が噴き出しているという奇観が楽しめる。

長い歴史のほんのひと時だけながら、雲仙地獄はほんとうの地獄だった。江戸時代の初め、熱湯をキリシタンに浴びせる「湯責め」の拷問が行われ、殉教者も出た。一帯を見下ろす場所には十字の碑があり、往時の苦難を伝えている。

噴き出す蒸気を眺めながら、ぼくは売っていたゆで卵を食べた。これからも静かにゆで卵と景色を楽しめる場所であってほしいと願った。

その後、島原半島の南へと向かう。戦国時代のキリシタン大名・有馬晴信の居城であった日野江城の跡や、日本人聖職者を育てるために城下町に建てられたセミナリヨ跡などを巡ったあと、原城跡に行った。

海にそそり立つ丘を切り削り、豪壮な石垣を巡らせた遺構は、荒涼とした佇まいながら現代もよく姿をとどめている。

島原の乱では、2万とも3万以上とも伝わる民衆がこの原城に立てこもった。江戸幕府は10万を超える軍勢を動員し、皆殺しとも伝わる苛烈な討伐を行った。実際には小さな助命行為がたくさんあったらしいが、乱のあと島原・天草は人口が激減した。原城からも夥しい人骨が出土している。

ぼくはまたも無口になりながら、いちばん高い場所にある本丸に上った。すぐそばに海があり、天草の島々がぽくぽくと影を見せていた。船を使えばすぐ行けそうだ。自動車も鉄道もない時代、島原と天草は他の陸地より行き来しやすかったのだろう。

この日の夕方、ぼくは島原半島南端にある口之津港から、最終のフェリーで天草へと渡った。

 

3日目 生きるための光の感触

崎津
﨑津

天草は大小130の島々で構成されている。3日目はそのなかでも最も大きい天草下島を、北から南へキリシタン関連史跡を巡った。島原の乱の際に天草四郎が原城へと海を渡った出発地、原城へこもる前に一揆軍が落とせなかった富岡城、そして天草コレジヨ館。

禁教の前、住民の多くはキリシタンであり、セミナリヨやコレジヨなどの教育施設も置かれ、天草版と呼ばれる活字本が作られた。

21世紀のいまは天草コレジヨ館をはじめ、往時を伝える施設がたくさんあり、印刷機や楽譜、楽器、衣服など、キリシタン文化の煌びやかさを追体験できる。タイムスリップしたような感覚におちいったぼくは、取材を忘れて楽しんでしまった。

世界遺産のひとつ、﨑津集落にも立ち寄った。潜伏キリシタンの人々が営んでいた漁村で、山塊を割った谷間のような狭い平地にある。いまでこそ車で行けるが、昔は陸の孤島に等しかっただろう。キリシタンが隠れ住んでいたほかの集落も、たいていは外からの往来が不便な場所にあるという。

ここには﨑津資料館みなと屋という小振りながら整った資料館があり、聖母マリアに見立てて拝まれていた貝殻が展示されていた。裏側にあるかすかな凹凸や色の濃淡が女性に見えるとのことで、ぼくなりに目を凝らした。人の顔らしき陰影ははっきりせず、それでも貝殻は美しく光っていた。

見えないながらも、日本二十六聖人記念館で明るさを感じた理由がわかった気がした。

弾圧の暗い時代、キリシタンの人々は信仰がもたらす光を感じていたのではないか。もちろん拷問や処刑に怯える日々が明るいはずはない。かといって、つらい、苦しい、重い、暗い、などとネガティブな言葉でくくってしまうと、瞬いていたはずの光に気づけない。

つらい世界を、それでも生きる甲斐のある世界だと信じさせてくれる光が、かつての天草や信仰の盛んな各地にあった。その残光が観音像や貝殻越しに見えた。だから彼ら彼女らは、潜伏の日々に耐えられたのではないか。そう思った。

今回の取材では、さまざまな場所の風景に触れ、小さな物や大きな建物のイメージを摑み、参考文献だけでは知りえない歴史を知ることができた。

いちばんの成果は、生きるための光の感触を得たことだ。感触を不足なく文字に写し取れたかは心許ないが、光をたどるようなつもりで、なんとか一作の小説を書き上げることができた。お世話になったたくさんの方々に、当時を生きた人々に、深く感謝したい。

 

歴史街道 購入

2024年12月号

歴史街道 2024年12月号

発売日:2024年11月06日
価格(税込):840円

関連記事

編集部のおすすめ

救世主・天草四郎と島原の乱

2月28日 This Day in History

秀吉が「バテレン追放令」を発令。そのとき、高山右近は?

6月19日 This Day in History