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キリシタンの潜伏を支えたのは...長崎・天草で辿った「信仰がもたらす光」

2023年07月28日 公開

川越宗一(作家)

日本二十六聖人記念館
日本二十六聖人記念館

戦国期から江戸時代初期、長崎と天草ではキリスト教が盛んであった。華やかな南蛮文化と、禁教政策による迫害......。"最後の日本人司祭"マンショ小西を描いた長編小説を上梓したばかりの直木賞作家が、キリシタン関連史跡を巡り、その地で得たものとは──。

※本稿は、『歴史街道』2023年8月号より、一部抜粋・編集したものです。

【川越宗一(かわごえ・そういち)】
作家。昭和53年(1978)、大阪府生まれ。龍谷大学中退。平成30年(2018)、『天地に燦たり』で松本清張賞を受賞してデビュー。令和2年(2020)、『熱源』で直木三十五賞受賞。最新作に『パシヨン』がある。

 

キリシタンの歴史の地へ

2年とちょっと前、3泊4日で長崎市、島原、天草諸島を巡った。江戸時代初期のキリシタン弾圧を題材にした小説を構想していて、その取材のためだ。

そういえば当時はコロナ禍の真っただ中だった。テレビは感染の広がりを連日報じ、病院や保健所は混乱を極めていた。対照的に、じかに目にする街は不気味なくらい静かで、誰にも気づかれない閉店が続いていた。緊急事態宣言にぶつかってしまい、出発は2か月ほど延期となった。

ワクチンの医療従事者への先行接種が進み、人の少ない公園や河川敷で桜だけが例年どおり咲き始めたころ、ぼくは長崎行きの飛行機に乗った。

おさらいしておくと、キリシタンとは江戸時代までの日本人キリスト教徒を指す。英語のクリスチャンにあたるポルトガル語のChristãoに由来し、宗派はカトリックである。

1549年(天文18年)にイエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが来日してその歴史は始まり、豊臣秀吉の伴天連追放令(影響は諸説あるらしいが追放も禁教もなかった)、二十六聖人の殉教などの迫害もありつつ、推定ながら最大で40万人(日本大百科全書「キリシタン」)の信徒を数えるほどになった。

その繁栄は、1610年代に江戸幕府が始めた禁教政策により暗転する。キリシタンと司祭には拷問や処刑が行われ、島原、天草両地方の民衆が1637年(寛永14年)に起こした「島原の乱」は容赦なく叩きつぶされた。

ほとんどのキリシタンは棄教したが、密かに信仰を継続した人々もいた。彼ら彼女らは、摘発を逃れるためにさまざまな工夫を凝らし、潜伏を続けた。明治維新から5年後、1873年(明治6年)にようやくキリスト教は解禁される。

こうして振り返ると、キリシタンの歴史の大半は迫害と潜伏の下にある。後世の目から見ると、どうしても重苦しい印象が先に立つ。

 

1日目 苦難の歩みに思いを馳せて

長崎空港は大村湾の沖合に浮かんでいる。高空から海に飛び込むような着陸は爽快で、着陸態勢に入ったというアナウンスからずっと、ぼくは窓にへばりついていた。

車に乗り換えて空港から橋を渡る。対岸の陸地に入ると、深緑の山々を背にしてのどかな街並みが広がっていた。眺めているだけで気分が穏やかになる。やはり旅行はいいな、などとのんびりした気分にひたっていた。

「このあたりは放虎原といいます。キリシタンがたくさん処刑された場所です」

同行してくれる長崎県のかたに教えられて、ぼくは我に返った。

後から自分で調べたことも加えて記すと、事件は「郡崩れ」と呼ばれる。1657年(明暦3年)にこの近辺で608名のキリシタンが検挙され、翌年には411名が投獄先の各地で処刑された。放虎原では131名が斬られた。

メモを取っていたせいもあるが、ぼくはつい無口になってしまった。キリシタンについての取材は、その苦難をたどるに等しい、といまさらながらに思った。

それから、長崎市に入った。長崎は角度、形、表情もさまざまな坂が折り重なったような地形で、歩いているだけで楽しい。

詳しい道順は覚えていないが、ある坂を上り、曲がり、ちょっと下り、曲がりながら登ったところに、西坂という地がある。地名は坂だが石畳を敷いた平坦な高台で、見晴らしが良い。爽快な青空がすぐそこにあった。

かつての西坂は刑場だった。キリスト教が盛んだった長崎という土地柄、刑せられた人はキリシタンが多い。1597年(慶長元年)、豊臣秀吉の命によって26人が磔にされ、1622年(元和8年)には元和の大殉教と呼ばれる大量処刑があった。

天正遣欧使節のひとり中浦ジュリアンも、ここで逆さにつられて命を落とした。いまは26人をかたどったブロンズ像と日本二十六聖人記念館がある。

記念館に入り、中浦ジュリアンがラテン語でしたためた手紙、潜伏したキリシタンが隠し持っていた聖画やメダル、聖母マリアに見立てて拝んだ「マリア観音」などなどを興味深く拝見した。

見ごたえある展示の数々は、暗い歴史を伝えている。ただなぜか、明るさも覚えた。案内してくれた記念館のかたの朗らかなお人柄のおかげか。あるいはステンドグラス越しに外光を取り込んだ館内の荘厳な雰囲気ゆえか。ともかく不思議な体験だった。

記念館を見学した後は、大浦天主堂と長崎歴史文化博物館を見て回り、この日は市内に宿泊した。

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2日目 噴き出す蒸気を眺めながら... >

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