建国から今日に至るまで、日本はもちろん、世界に多大な影響を与えてきたアメリカ。2025年1月には、トランプ大統領が誕生しますが、歴代の大統領をよく知らないという人も多いのではないでしょうか。
そこで、近現代史を読み解く際の鍵となるアメリカ大統領について、8回に分けて紹介しましょう。3回目となる今回は、奴隷解放宣言で有名な第16代大統領リンカーンを取り上げます。
アメリカの週刊誌や政治雑誌では、歴代大統領の人気投票ランキングがよく掲載されます。人気のある大統領の三傑がリンカーン、フランクリン・ルーズヴェルト、ワシントンです。大衆紙になるとケネディなどが入ったりもしますが、リンカーンはほとんどの人気投票でナンバーワンです。
リンカーンは開拓農民の子として生まれ、様々な職を転々としながら弁護士となり、持ち前の演説のうまさで、イリノイ州地方議員、下院議員に選出されます。1850年代、奴隷制反対の論客として世間の注目を浴び、1860年の大統領選に出馬して勝利します。
19世紀の半ば以降、北部を中心にアメリカでも工業化が進み、北部商工業者(ブルジョワ)は共和党を組織し、南部農業者を中心とする民主党勢力に対抗しました。
両者は貿易政策や奴隷制を巡って激しく対立し、もはや収拾がつかなくなっていました。南部にとって広大な農地を耕す労働力である奴隷は必要不可欠ですが、北部は南部の奴隷制を、憎悪を込めて、批判しはじめていました。
北部のブルジョワ商工業者の台頭とともに、共和党のリンカーンが大統領に当選しました。リンカーンは、アメリカが自由国家となるか、奴隷国家となるか、二つに一つであると主張しています。しかし、南部諸州はリンカーンの大統領就任に反発し、連邦を離脱、武力衝突が生じ、南北戦争(1861〜1865年)が起こります。
戦争中の1863年、リンカーンは奴隷解放宣言を発表しましたが、これに反発した南部諸州は不利な戦況であったにもかかわらず、自分たちの生存を懸けて、決死の覚悟で戦いを挑み、血で血を洗う陰惨な内戦となります。そして最終的に、北軍がゲティスバーグの戦いにより勝利します。
南北戦争は単なる奴隷解放を巡る内戦にとどまらず、ブルジョワ階級が地主などの旧勢力を抑え込み、アメリカの近代工業化を成し遂げるために必要な戦争であり、イギリスやフランスなども経験した近代ブルジョワ革命(市民革命)に匹敵するものと言えます。
しかし、南北戦争では50万人の犠牲者が出ました。どのような理由があったとしても、これ程の犠牲者を出す泥沼の内戦に嵌まってしまった責任をリンカーンは為政者として、問われるべきでしょう。
日本では江戸時代末期に、アメリカのペリーやハリスの率いる黒船が来航し、1854年と1858年に不平等条約を締結させられます。このとき、既に、中国の清王朝は列強の餌食となっていました。アメリカも中国進出への足掛かりを得るために、日本へやって来たのです。
しかし、その直後に南北戦争が起こり、アメリカはその後も数十年間、戦争の後遺症に苦しめられ、対外進出できませんでした。この間、日本は明治維新を成し遂げ、近代化へと進みます。
もし、アメリカで、南北戦争が起こらなかったならば、日本は近代化の機会を失い、アメリカに従属させられていた可能性もあったかもしれません。
【宇山卓栄(うやま・たくえい)】
著述家。昭和50年(1975)、大阪府生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、現在に至る。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説している。著書に『「民族」で読み解く世界史』『「宗教」で読み解く世界史』などがある。