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植物分類学の巨人・牧野富太郎を育んだ「山の国」土佐の大自然

2023年04月24日 公開
2023年10月04日 更新

PHP研究所メディアプロモーション部

 

人材を成長させる「山の国」の豊かな土壌

名教館
復元された「名教館(めいこうかん)」

伊藤塾と同時期に牧野は明治6年(1873)に11歳で「名教館(めいこうかん)」に通い始める。英学、西洋算術、窮理学(物理学)、万国地理学など、漢学以外の諸学科にも興味を持ち始めたからであり、伊藤蘭林が名教館の教授も兼ねていたことも理由にあったようである。

「名教館」は、6代領主深尾繁澄が安永元年(1772)に家塾として創設し、享和2年(1802)に七代繁寛が家臣団の子弟を育てるために郷校として拡充。

明治維新でいったん閉校の危機に陥るも、地元の有志によって「義校・名教館(名教義塾)として閉校をまぬがれ一般庶民にまで学びの門戸を広げた。牧野はその義校・名教館に学んだのである。

名教館で牧野は当時最先端の教科書をむさぼり読んだ。思想家・福沢諭吉の地誌書『世界国尽』、蘭学者・川本幸民の物理学翻訳書『気海観瀾広義』、そのほか農政官僚・後藤達三の自然哲学翻訳書『窮理問答』、洋学者・内田正雄が描いた挿絵が美しいベストセラー地誌書『輿地誌略』等々。

しかも最年少の11歳であったというから驚きである。その後、高知城下の塾へ進み、さらに上京へと知的好奇心はとどまることを知らず、明治という新しい時代の夜明けと歩調を合わせるがごとく、植物分類学者への階段を上っていった。

牧野の学者としての素養の土台を考えたとき、幼少期の寺子屋や塾での教師との出会いや独学が彼の知性を開花させたことは疑う余地がないが、彼にとっての何よりの興味の源は、やはり土佐の自然そのものであり、それが彼を生涯引きつけてやまないものであったと想像する。

幕末の土佐・高知は、人材をぐんぐんと成長させる有名無形の豊かな土壌をもった「山の国」なのである。

 

牧野が贈った「ソメイヨシノ」

牧野公園
「日本さくら名所100選」に選ばれている「牧野公園」

佐川の古城山には、深尾氏の入部以前、長宗我部元親の重臣である久武内蔵助が中世に築いたといわれる佐川城があった。

深尾氏入部後、元和元年(1615)の一国一城令による廃城後は、東麓に深尾氏の土居屋敷「佐川土居」が構えられ明治まで使われてきた。(※土居とは土塁を指し、後に防御設備を整えた居館(屋敷)自体を土居と呼ぶようになった。当時は高知城下に定住する平家老と領地内に土居をつくることを認められた土居付家老に分かれていた)。

後年、大の桜好きとして知られる牧野が、東京で研究活動をしていた明治35年(1902)に「ソメイヨシノ」を佐川町に送ったことがきっかけで佐川城址の西側にある「奥の土居」周辺に桜が増え始め桜の名所となった。

戦時中は戦時調達のため開墾用にすべて伐採されたが、戦後、商工会を中心とした地元の人たちの協力により、ふたたび1000本以上の桜の苗が植えられた。

牧野が永眠した翌年の昭和33年(1958)には、佐川町が生前の牧野の功績を称えるために奥の土居ごと購入して整備し直し、牧野の分骨を埋葬して「牧野公園」となった。

現在、牧野公園は「日本のさくら名所100選」に選ばれている。

牧野富太郎の墓
公園内には牧野博士が分骨埋葬されている

佐川城時代の土塁
佐川城時代の土塁や堀切、竪堀などがいまも残る

 

「牧野博士の新休日」オープニングセレモニー

「牧野博士の新休日」オープニングセレモニー
「牧野博士の新休日」のオープニングセレモニー

4月からスタートしたNHKの連続テレビ小説『らんまん』の主人公・槙野万太郎のモデルとなった牧野富太郎博士は、土佐が生んだ植物分類学の巨人である。

牧野博士は、植物分類学の礎を築き「日本の植物分類学の父」として知られる。幼少期の頃から高知の山野の植物に興味をもち、生涯、多種多様な植物の採集調査や研究に明け暮れ、新種約600種、新種以外を含めて約1,500種以上の植物を発見、命名した。

高知県では、牧野博士の功績を後世に伝えるべく「牧野博士の新休日」と題した博覧会を開催している(令和5年3月25日~令和6年3月31日)。

オープニングセレモニーでは、お洒落好きでもあった牧野博士に自前のコスプレで扮した濵田省司知事が登場。『らんまん』に出演する女優の松坂慶子さんや高知出身の中村里帆さんも応援にかけつけた。

本博覧会では、県内各所を「歩ける植物図鑑」に見立てて、四季折々の草花や、自然、食、歴史を楽しめる。

濱田省司知事
牧野博士のコスプレにご機嫌の濵田省司知事

 

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