震海
大井 私は昭和18年の秋に軍令部の一部の戦争指導課におったんです。
そうしたらね、黒島亀人さんの所に、私のコレスの浅野卯一郎(機32)、あれがおりましてね。特攻兵器の研究をやっておったんです、艦政本部から来て。
そして、S金物というのができたと。
これを使うというとね、こちら一人で1000人を倒すだけの力があるというようなことを言っていた。
私はお隣の部屋だったわけです。それからね、我々の所へ来たんです。
私は、そんなこと言ったってね、貴様は一番真っ先の先頭に立つ一人は槍の穂先だよと言ったんです。後のほうがだんだんやられたら、このほうが損じゃないかと言って、私は反発したんです。
それからは一切、浅野は同じコレスなのにかかってこないで、隣の高松宮(宣仁親王・兵52)に会いに行くわけだ。
高松宮はあの通りだ。ああそう、ああそうと聞いておるんだ。
それでね、それから私の戦争指導課の力というのはほんのわずかで、当時はやっぱり中澤さんが一部長なんです。
しかし、ただ私、中澤さんのために弁護するとすれば、これは非常に強く、黒島さんが推進しているんです。それだから、中澤さんはあんまり印象なくて、これにハンコを押しているかもしれない。しかしね、それはあるだろうと思うんです。
鳥巣 実はね、今の黒島さんの話ですが、この指令が出るもうちょっと前です。
19年の5月だと思いますがね。震海という、これはやっぱり特攻兵器なんです。
これを呉工廠で造りましてね、これの審査会を呉工廠でやるということになりましてね。
私は六艦隊の水雷参謀で立ち会わざるを得ない。私はその審議会の前の日に、いわゆる特殊潜航艇をやっている基地に行きまして、それを見たんですよ。
まるでどん亀みたいな、どん亀というのはいわゆる亀ですな。スピードは出ない。しかも、操縦性は悪い、視界はほとんどない。
それで、そのパイロットに、どうだいと聞いたら、とてもじゃないけれどもこんなものは使い物になりませんと。スピードは遅いし、操縦も困難だし、これで狭水道通過だなんていうのはほとんど困難ですと。
私どももそうだと、同感ということですね。
次の日の呉工廠で、黒島さんが当時二部長ですかな。特攻でこれを使うつもりで見えたわけですから。
もう既にそのときにですね、採用しているのと同じなんですよ。
それで六艦隊から私が代表で行きまして、それで審議会の時に私がね、この兵器は使い物にならんと。こういうものは六艦隊としてはお引き受けするわけにいきません、とやったんです。
そうしたら、黒島さんがね、この国賊、と、国賊にされましたよ。
私は何を言うかと思ったんですがね。あちらは海軍少将ですから、少佐ぐらいのやつはもう平気。
そういういきさつもあるんですよ。
わしはそういうことばかり言うてもね、黒島さんが特攻兵器を徹底的に推薦したのがよく分かります。だけれども、同じ大本営におった中澤さんがそれを知らんはずもないし、また知らなくたって調べれば自分がこういうものの指令を出しているわけですから。
それをぬけぬけとですよ、失礼だけどぬけぬけと、中央では特攻を指示した覚えはないと。
しかし、特攻というのは水中特攻もあるしね。航空特攻もあるし、またそういうことが大本営のいわゆる無責任といいますか、責任回避ということに対してわしは許せないんですよ。
三代 航空隊の特攻を始めた大西さんが出かけるとき、及川さんから強制的にやるのはいけないぞと。希望者を募ってやれと、こう言われたんですね。
そういうことがあったわけです。
それとこの特攻の方法はね、自分の所じゃなくて、二部長の黒島亀人がそっちはやっていたんだから。それで、そちらが担当だから、そういうことで、言い逃れであるなという気は、実は僕は思っていたんですよ。
寺崎 それは中澤さんの伝記が出たわけだ。
それを見れば、大西さんが出発するときのあの特攻だよ。飛行機の特攻だ。
水上のほうはね、書いてないな。要するに、S金物とか回天とか、あれの特攻はああいう既定どおりのことだ。
ただ、フィリピンでの飛行機による特攻作戦ね。
あのことに対して大西さんが、出発が10月14日になったと聞かれたと、実は日取りが少し違っているらしいよ、行かれるとき聞いたのは。それは及川さんが直接、そういうことは命令できないということを書いてあるな。だから、混同しているんじゃないかな。
鳥巣 いや、混同というか何かね。
その今の飛行機以外の特攻兵器に関しては、自分が関知していないというようなことを言っておったわけですよ。
大井 桜花みたいなものもあったけれども。あと、私の所で、浅野(卯一郎)が持ってきたのは。18年の7、8、9、10月ですから。18年なんですから。
鳥巣 それから、実際水中特攻で使ったのが回天なんですけれども、回天が出撃したのは11月9日なんですよ。そして、実際ウルシーで奇襲したのは11月20日ですからね。
これはもう完全な特攻だし、しかも中澤さんが作戦部長のときであるし、しかもこれを最初に指令したのは(早い時期に)大本営の藤井(茂・兵49)参謀が来てですな、連合艦隊をそっちのけしたような状況ですね。ほとんど大本営がこれは指示しています、実際は。
それは連合艦隊では通しますよ。通すけれども、ほとんどが大本営がやれやれ言ってやったんですから。
そういうわけですからね。中澤さんのこの中央は指示していないということはね、これは噓であるということをここで申し上げます。
更新:11月23日 00:05