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刀の刃文の役割とは?

2015年04月21日 公開
2022年11月14日 更新

『歴史街道』編集部


濤乱刃という刃文で代表的な江戸末期の刀工・水心子正秀の作(写真提供:銀座長州屋)
 

刀の製造過程のうちで、刀工が最も緊張する工程は何かご存知でしょうか。それは「焼き入れ」という工程です。

焼き入れとは、刀身を熱し、一気に水槽の中に入れて冷却することです。「ジュッ」という音とともに、水蒸気が一気に沸き立ちます。これによって刀身を強靭にするとともに、「刃文」をつくり出します。

刃文とは、刀身の刃につけられた模様のことで、焼き入れによってつくり出されます。これは偶然性によってできる面が大きいのですが、「土置き」という技法で刀工が意識的につくり出すものでもあります。

土置きは、まず、刀身全体に粘土に炭粉や荒砥粉などを混ぜた「焼刃土」を塗ります。乾いた後に、刀工が経験と想像力を駆使し、刃文を想定して土を厚く塗る部分と、掻きとって薄くする部分をつくります。

この刀身を真っ赤になるまで熱して、水槽の中に入れて急冷するわけですが、土の厚い部分と薄い部分によって熱の通り方が違い、これによって刃文が付けられるのです。

こう書くと簡単そうですが、焼刃土の配合や熱する時間や温度、焼き入れするタイミングなどで様々な刃文の模様ができます。思った通りの刃文を付けることは至難の業で、同じ刃文は二度と再現できないといわれます。

ところが、名刀工といわれる人の中には、刃文をかなり安定的に再現できる人もいたそうです。偶然的な刃文をコントロールできる刀工の技…神がかっているほどの技ですね。

さて、そもそも、刃文とはなぜ付けられるのでしょうか。何とはなく装飾的な意味合いで付けられたように感じますが、そうではなく、刃文によって切れ味が左右されるという、実用的な側面があったのです。

江戸時代の刀工に、長曽禰虎徹興里(ながそねこてつおきさと)という名刀工がいました。新選組の近藤勇の愛刀(諸説ありますが)とされる「虎徹」の作者です。

虎徹は切れ味が鋭いことで有名であり、最上大業物(もっとも切れ味がよい刀)に列せられています。この業物の判定を『懐宝剣尺』という本にまとめて公表したのが、山田浅右衛門です。

山田家は、江戸時代に受刑者の首を切ることを職業としていた家で、当主が代々、山田浅右衛門を名乗りました。また、首を切られた罪人の胴体などを試し斬りして、刀の切れ味を試す役目も果たしていました。

虎徹の刃文は、初期は瓢箪刃(大小の丸を重ねた瓢箪のような模様)、後期は数珠刃(丸い碁石の連続のような模様)と呼ばれる刃文を焼くことが多いと伝わります。

長曽禰興里は、この山田浅右衛門に試し斬りを依頼し、さまざまな刃文を試したとされます。虎徹が截断能力を最大限重んじ、その鍛刀技術を追求した結果として考案した刃文が、数珠刃であるといわれています。刀に込めた刀工の執念を感じます。

虎徹には、罪人の胴を四つ重ねて切断したと伝わる刀(四ツ胴)が一振り、東京国立博物館に所蔵されています。どんな刃文なのか、今度じっくりと鑑賞してみたいものです。

掲載した写真は、濤乱(とうらん)刃という刃文で代表的な江戸末期の刀工・水心子正秀の作です(写真提供:銀座長州屋)。大波がぶつかりあって生じた波の崩れ落ちる様を刃文で表わしたものといわれます。ダイナミックな印象を受けますね。

刃文には、いくつもの種類があります。すべて覚えるのはなかなか難しいものですが、基本的なものだけでも知っておけば、刀の鑑賞がとても面白くなること請け合いです。

刃文に限らず、実際に刀を鑑賞しながら基本知識を覚えていくのが、刀の理解を深める早道のような気がします。

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