2013年04月01日 公開
2023年02月02日 更新
昭和63年 (1988) 4月に創刊された月刊誌「歴史街道」は、今月で25周年を迎えます。
創刊以来、弊誌は「時代を見抜く座標軸」をキーワードに、歴史の中から現代に活かせる生き方・考え方を探ってまいりました。読者に歴史の「知識」ではなく、今に役立つ「知恵」、生き方・考え方のヒントを提供していく、それが「歴史街道」の基本コンセプトであり、他の歴史雑誌とは一線を画する点であると自負しています。
一方で、時代は刻々と変化し、25年前と現在では、人々の関心も生活も、考え方も大きく変わり、また多くの問題を抱えるに至りました。先が見えずに不安を感じる人も少なくない中、何を自分の生き方の拠り所とし、何を行動規範とすべきなのか、見失いがちになっているのかもしれません。そんな現代に「歴史街道」は、歴史を通じて今求められる生き方・考え方を提案する雑誌でありたい、そう願っております。
さて、創刊25周年記念号では、「大関ケ原」と題し、関ケ原の合戦を総力特集することにしました。
慶長5年(1600)9月15日に美濃関ケ原で行なわれた合戦は、東西両軍16万余りが激突した、天下分け目の決戦として知られます。そしてそれは、東軍につくか西軍につくかで、生き残るか滅ぶかの二者択一をすべての武将が迫られた合戦でもありました。
この時、戦場に臨んだ武将たちは、自分の信じるものに従って出所進退を決めています。ある者は天下泰平のため、またある者は義を貫くため、あるいは主君のため、武士の意地のため、家を守るため、友情に報いるため……。そこにあったのは、必ずしも「生き残る可能性の高い、勝ち馬に乗ろう」という姿勢ばかりではありません。むしろ彼らが重んじたのは、自分が好ましいと思う者とともに戦いたい、自分の主君を勝たせてやりたい、自分の信じるものを貫きたい、という思いです。
石田三成は、自分が秀吉とともに精魂込めて整えた豊臣政権を守るために起ち、そんな三成の純粋さをよしとする名将嶋左近や、親友の大谷吉継らが、三成のためにともに起ち上がります。また大谷の与力であった平塚為広は、大谷に魅了され、ともに戦う決断を下しました。一方の徳川家康は、信長や秀吉の下で長年忍従を続けてきた身が、天下に挑む一世一代の勝負として関ケ原に臨みます。そんな家康を、自分の力で勝たせてやろうとするのが黒田長政でした。また徳川秀忠遅参のため主力軍を欠く徳川軍において、存在感を印象づけるべく開戦の火蓋を切った井伊直政、毛利本家のために梃子でも動かぬ吉川広家、豊臣の貴公子・宇喜多秀家を守り立てるために奮戦する明石掃部、少ない手勢ながら、合戦の最後に両軍の度肝を抜く意地を見せる島津義弘と豊久。彼らの決断と戦いぶりは、まさに「見事」の一語に尽きます。
運命を分ける決戦にあたり、見事な決断、見事な振る舞いをした男たち。彼らの生き方、気概を現代に問いかける総力特集を、通常の1.5倍のボリュームでお届けします。
また創刊25周年記念号ということで、「次代に語り継ぎたい日本人」という特別企画を組みました。私たちは今、歴史から何を学び、またどんな日本人を次の世代に語り継ぐべきかについて、弊誌でおなじみの童門冬二先生、渡部昇一先生、江坂彰先生、逢坂剛先生、中西輝政先生、高橋克彦先生、中村彰彦先生、山本兼一先生にご紹介頂いています。
「歴史街道」5月号は4月6日発売です。ぜひご一読ください。
<目次紹介> ☆クリックすると拡大します(PDF)
更新:11月24日 00:05