――ちなみに、読者のみなさまはどんな人物を選んだのでしょうか。アンケートの結果をみていきましょう。
谷津 頼朝が2位なんですね。義経、判官贔屓、強し。頼朝に2倍以上、差をつけているなんて。秋山先生、激おこぷんぷん丸じゃないですか?
秋山 いやいや、義経って昔は戦も強いし、悲劇的な最期もあってとにかく人気があったんですが、最近では「自分の立場がわかっていない」など、マイナス部分も描かれるようになっていますよね。それでも1位という結果からすると、やっぱり義経は魅力あるんだなと、あらためて思いました。
――菅田将暉さんの影響もあるのでしょうかね。読者の方からは「初恋の人です」というコメントもあります(笑)。
秋山 あぁー!
谷津 強火ですね。
――ちなみに頼朝についてのコメントは、先ほど、秋山先生がおっしゃったように政治的能力を評価するものが多いです。あと、もし頼朝がいなかったら「源平」という概念自体が存在しなかった、というご意見もありました。
谷津 ちなみに、阿野全成は何位だったのでしょうか。
――阿野全成は……最下位でした。選択肢の中には義円と源行家も入れていたのですが、その2人よりも低い。
谷津 こらっ! こらっ! いや、何かがおかしいと思うよ。阿野全成、いいじゃないですか。みなさん、永井路子さんの『炎環』を読みましょうね(笑)。
――3位の木曾義仲についてはどうでしょうか。読者の方からは「最後まで武士らしく義を通した生きざまがかっこいい」など、情に厚い人物とか、その人柄に惹かれるという声が圧倒的に多かったようですが……
秋山 すごくわかります! ほんとうにかっこいいですし、さわやかです。ドロドロしている源平、鎌倉草創期の中で、義仲はほんとうにさわやか。「義仲さん、あの時代にいてくれて、ありがとう!」と、心から申し上げたいです。
――源氏の人物だけで、これほど読者のみなさんの票がバラけて入って、これほど盛り上がったのは私も驚きでした。例えば、織田一族ということで同じようにやったら、ここまで票がバラけずに信長一択になる気がします。源氏の偉大さをあらためて感じる結果になりました。ちなみに、おもしろいところでは「源行家」も入っています。大河ドラマでは「彼を味方につけた者は必ず負けるという死神のような男」なんて言われていましたが……
秋山 いや、どうなんでしょうね。たしかに、ちょっと残念な方ではありますけれど(笑)、それって、ただの結果論なんじゃないでしょうか。むしろ、頼朝の旗揚げから至る所に行家が出没しているというのは、行家ってすごい人なんじゃないかと。戦はヘタだったのかな? でも、もう少し上手だったら、案外いいとこまで行けたんじゃないかなあ。少なくとも交渉力は優れていたように思います。
――あの時代、移動手段が限られている中、行家は日本中を走り回っています。
谷津 行家は行動力の鬼です。普通に考えて「そこまでやる?」という感じです。あの方の人生を見ていると。
――読者の方からは、「勢いに乗じただけとも言い切れない行動指針で時代を掻き回したという評価で、天性のトリックスターだった」というコメントもありました。
谷津 うん。すごく当を得ていると思います。交渉力だけではない凄みがあります。
秋山 もぐら叩きみたいじゃないですか。あっちからピョッと顔を出す。そう思ったら、こっちからピョッと顔を出す。
谷津 これは「行家忍者説」が出そうですね(笑)。
秋山 「実は行家は5人いた!」とか(笑)。
――6位に入っている二代将軍・源頼家についてはどうですか?
谷津 ああ、僕は結構好きなんですよ。世間一般ではそれこそ暴君、暗君扱いされていますけど、たぶん将軍に向いてなかっただけで、ふつうの鎌倉武士だったら大活躍しそうな方です。
おそらく、できる人であるのは間違いないのですが、それがたぶん「鎌倉殿」ではなかったんだろうなというふうに見ています。鎌倉殿というのは、ほんとに難しい立場です。東国武士団を代表する立場であると同時に、朝廷とも関係を結んでおかないといけない。それでいて鎌倉にいる御家人たちの機嫌を取りつつ、微妙な距離も取らなきゃいけない。そういう役回りを20歳そこそこの若者にやらせること自体が無理だったんですよ。もし僕が同じ立場だったら、確かにノイローゼで死んでしまいそうです。
秋山 蹴鞠に明け暮れて政治を顧みなかったとか、独断専行が過ぎたとか、伝わっているほど酷い人じゃないと思いますね。無能でもなければ、ひどい性格でもない。そりゃあ、ちょっとはそういう部分もあったとは思いますけど人間臭いし、こういう人こそ「書いてみたい!」と作家に思わせる人物です。『鎌倉燃ゆ』にも「非命に斃る」という頼家の話がありますから、これはぜひ読んでほしいです。
――読者の方の頼家推しのコメントには、「『吾妻鏡』の犠牲者」とあります。暴君、暗君ではないと思いたいとありました。
谷津 ああ、まさにそれですね。
――今回は「源氏のイチオシ」についてお話しいただきましたが、中世という時代は、戦国時代や幕末維新期とはまた違った魅力、おもしろさがありますね。
谷津 また永井路子さんの話に戻ってしまって申し訳ないんですが、小説『炎環』のラストには、こういう文章があります。
「1台の馬車につけられた数頭の馬が、思い思いの方向に車を引っ張ろうとするように、1人1人が主役のつもりでひしめきあい、傷つけあううちに、いつの間にか、流れが変えられていく」
そういう歴史を書きたいと永井さんはおっしゃっているんです。この歴史観って、すごいんですよ。というのも、永井さんがこの小説を書かれた当時、1番活躍していた歴史作家は司馬遼太郎さんです。司馬遼太郎さんは1人の英雄をもとに歴史を叙述するという英雄史観を主に書いておられましたが、永井路子さんは、いろいろな人たちが、いろいろな影響を与え合ううちに歴史が変わっていく、という「歴史観」を表現されているように思うのです。それは現代でも生きていて、今年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の裏テーマでもあると僕はにらんでいます。
僕だって、たぶんみなさんの多くだって、一般人ですよね。首相とか、大会社の会長さん社長さんでもない方がたぶん多いと思うんです。ただ鎌倉物を読むと、そんな僕たちだって、ほんの少し歴史を変えているんじゃないか、と思える気がしてくるんです。
秋山 谷津さん、うまくまとめてくれますね(笑)。
谷津 いや、いや、いや。
更新:11月22日 00:05