2022年06月05日 公開
2023年01月01日 更新
あまたいる戦国武将のなかから、各都道府県で一人ずつを選び、短編小説に――。
くじ引きの結果、第34回は、どこの県の誰なのか。
執筆者は、今年1月、『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞!「くらまし屋稼業」シリーズが人気で、『八本目の槍』も「週刊朝日」の歴史・時代小説ベスト10で第1位を獲得、『じんかん』が山田風太郎賞を受賞、「羽州ぼろ鳶組」シリーズが第6回吉川英治文庫賞を受賞するなど、いま最も勢いのある若手歴史小説家・今村翔吾先生です。
この動画は、第34回のくじ引きを撮影したものです。
宮城県は、かつての陸奥国の一部にあたります。
宮城県の武将といえば、伊達政宗を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
15世紀なかごろまで、奥州武士を統率する立場にあったのは大崎氏で、伊達氏、南部氏、葛西氏などの奥州の有力武将は、大崎氏を主君としていました。
しかし次第に大崎氏の力は衰退していき、第11代・義直のときに、領内の反乱を鎮圧できず、伊達稙宗に援軍を要請します。
稙宗は援軍を出す見返りとして、自身の子・義宣を、義直の兄・大崎高兼の娘を娶る形で養子として送り込みます。これにより大崎氏は伊達氏に従属する立場となりました。
天文11年(1542)、伊達稙宗と子・晴宗の間で、お家騒動である天文の乱が勃発。
大崎氏の復権を狙う義直は、稙宗方に付いた義宣を討つべく晴宗方に付きました。乱は晴宗の勝利となり、義宣が追放されたことで大崎氏は一時、独立性を回復します。
しかし、時代はすでに伊達氏のものになっていました。
天文の乱で父・稙宗に勝利した晴宗は、奥州探題職となり、他の奥州武士をしのぐ大名に。その後を継いだ輝宗も外交戦略によって、伊達氏の力を強めていきます。
輝宗の子・政宗は、二本松の畠山氏に続き、蘆名氏を滅ぼすことで、南奥州を支配下に置きました。ところが天正18年(1590)、豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻めるにあたり、政宗は秀吉に従う道を選ぶことになります。
奥州の雄・政宗と、天下人・豊臣秀吉との駆け引きを描いた連載第34回は、6月6日(月)発売の「歴史街道」7月号に掲載しています。
更新:11月21日 00:05