2021年09月28日 公開
2023年01月01日 更新
あまたいる戦国武将のなかから、各都道府県で一人ずつを選び、短編小説に――。
くじ引きの結果、第27回は、どこの県の誰なのか。
執筆者は、「くらまし屋稼業」シリーズが人気で、『童の神』が直木賞にノミネート、『八本目の槍』も「週刊朝日」の歴史・時代小説ベスト10で第1位を獲得、『じんかん』が山田風太郎賞を受賞、「羽州ぼろ鳶組」シリーズが第6回吉川英治文庫賞を受賞するなど、いま最も勢いのある若手歴史小説家・今村翔吾先生です。
この動画は、第27回のくじ引きを撮影したものです。
戦国時代の沖縄県は、琉球王国として独自の歴史を歩んでいました。
その王である尚氏には、「第一尚氏」と「第二尚氏」があります。
琉球王国ができる前の14世紀、この地には山北、中山、山南と3つの勢力が存在し、覇権争いを繰り広げていました。
1406年(応永13年)に沖縄本島南部、佐敷地方の按司(首長)であった尚巴志が勢力を伸ばし、中山を手中におさめます。
尚巴志は父・尚思紹を中山王に就け、その後、山北、山南をも攻略。「第一尚氏」による琉球王国を樹立しました。
尚巴志は、日本、明、朝鮮、東南アジアとの外交・貿易を促進し、首里城をはじめとする王都の整備を行ないました。
しかし1469年(応仁3年)、「第一尚氏」七代国王・尚徳の死後、六代国王・尚泰久の重臣であった金丸がクーデターにより政権を奪還します。
金丸は尚円と名乗り、新しい王朝を築きました。これが「第二尚氏」による琉球王国です。
「第二尚氏」による琉球王国も、外交・貿易を促進し、琉球貿易と呼ばれる仲介貿易の収入で国力を充実させていきました。
しかし「第二尚氏」七代国王・尚寧のとき、琉球に危機が陥ります。
1609年(慶長14年)、もともと琉球に高圧的な態度をとるようになっていた薩摩の島津氏が、三千の兵を率いて琉球に侵入してきたのです。
このとき島津軍に抵抗したのが、琉球王国の重職「三司官」の一人であった謝名利山でした。
島津軍の侵攻に際して、利山がとった行動とは……。琉球王国を守るべく奮闘する謝名利山を描いた第27回は、10月6日(水)発売の「歴史街道」11月号に掲載です。お楽しみに!
更新:11月21日 00:05