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『鬼滅の刃』の鬼、『呪術廻戦』の両面宿儺…古代日本の"異形"のルーツに迫る

2021年03月02日 公開
2022年10月17日 更新

古川順弘(宗教・歴史研究家)

古川順弘『呪術廻戦』

アニメ2期が発表された『鬼滅の刃』と、同作に迫る人気ぶりを見せる『呪術廻戦』。昨今、漫画やアニメで「鬼」や「両面宿儺」といった、"この世ならざるもの"が注目を集める。

これらは歴史を遡ると、古代の『日本書紀』や『古事記』にも登場している。さらに記紀には、ほかにも正体不明の"異形"のものたちも…。彼ら異形のものは、どのように歴史にその姿をとどめているのか。

※本稿は、『歴史街道』2021年3月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。
※本稿中の「騨」の字の正式名称は、つくり上部がツではなく口がふたつ。

 

広い意味で用いられた「鬼」

漫画、アニメ、映画にわたる『鬼滅の刃』の大ヒットで、昨今にわかに注目を集めるようになったのが、"鬼"である。

あらためて、鬼とは何か。鬼といえば、現代の日本人なら、頭に角を生やし、口の左右から牙をはみださせた、怪力をふるう悪の親玉のような化け物の姿を思い浮かべるのがふつうだろう。

しかし、鬼に対するこのようなイメージが日本に定着したのは中世になってからである。日本の鬼は、じつはそれ以前にも長い歴史をもっている。

『日本書紀』をひもとくと、神代巻に「桃を用ちて鬼を避ふ」(イザナギが黄泉国の雷公に追われる箇所)、「葦原中国の邪鬼を撥ひ平けしめむと欲ふ」(天孫降臨の段)などとあり、また、景行天皇の巻には、ヤマトタケルに東征を命じる天皇の言葉に「山に邪神有り、郊に姦鬼有り」という表現がみえる。

要するに、いにしえの日本人は禍をもたらす正体不明の怪物や邪霊・邪神のことを「鬼」という字を用いて表現し、オニあるいはカミ、モノと訓じていた(ちなみに、漢字としての「鬼」は本来は「死者の魂」を意味した)。

そしてそこには、王権に抵抗する民や彼らが奉じる神に対する侮蔑もこめられていたのである。

『鬼滅の刃』にあらわれる鬼は、必ずしも角を生やし牙をもつといったオーソドックスな姿をとらず、蛇身、多手、複眼など、名状しがたい種々の"異形″の姿でしばしば描かれるが、その姿は、正体不明の邪的存在という意味で、日本本来の鬼のイメージに近いともいえる。

 

"英雄"の一面も伝わる「土蜘蛛」

もっとも、『日本書紀』は鬼の具体的な姿形について記述をすることはほとんどなく、『古事記』にいたっては「鬼」という文字すら登場しない。しかし両書には、鬼にパラフレーズしうる怪しげな異形の存在がしばしば登場する。

その代表的な例は、天皇への服従を拒む野蛮な土着民(あるいはその指導者)の典型として描かれる、土蜘蛛(土雲)だ。『古事記』では、神武天皇が東征した際、忍坂 (奈良県桜井市忍阪) で倒される民として登場し、彼らは大室(穴倉)に住み、尾が生えていたという。

『日本書紀』では、神武に抵抗した土蜘蛛の容貌が「からだが短く、手足が長く、侏儒に似ていた」と形容されている。また、景行天皇巻の天皇西征の記事にも土蜘蛛が登場するが、彼らは九州豊後国(大分県中部・南部)の岩屋に住み、やはり皇命に従わなかったので、討伐されている。

土蜘蛛という称について、「長い手足が蜘蛛に似ていたから」と単純に考える説があるが、逆に、不服従の先住民をグロテスクな虫の姿にたとえた土蜘蛛という蔑称から、「穴居する手足が長い人たち」という解釈が生じたとする見方もある。

土蜘蛛は『古事記』『日本書紀』につづけて各地で編纂が開始された『風土記』にも登場していて、『常陸国風土記』には「かつて国巣と呼ばれる人々がいて、土蜘蛛・八掬脛、あるいは山の佐伯、野の佐伯とも呼ばれたが、いつも穴に棲み、人が来れば穴に隠れ、去れば野に出て遊んだが、獰猛だったので、今は滅ぼされた」と記されている(茨城郡条)。

国巣(「国に住む人=土着民」の意か)、八掬脛(「長い脛」の意)、佐伯(「皇命を遮る存在」の意か)は、土蜘蛛の異称ということになろう。このように、土蜘蛛は王権・朝廷側から蔑視されていたが、その一方で、『風土記』には彼らを好意的に記す箇所もある。

「大山田女・狭山田女という二人の土蜘蛛が豪族に祭祀の仕方を教えた」(『肥前国風土記』佐嘉郡条)、「二人の土蜘蛛が瓊瓊杵尊に稲作を教えた」(『日向国風土記』逸文)というのがその例で、土蜘蛛が文化英雄的な性格も有していたことを示唆している。

土蜘蛛は、敗者となったがゆえに征服者側によって異形の怪物にさせられたが、ローカルな歴史からみれば、未開の沃野を切り拓いた英雄であった。

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