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お茶の京都・宇治に平安の面影を求めて――『源氏物語』ゆかりの町を歩く

2024年03月16日 公開

歴史街道編集部

紫式部像
↑宇治川のほとりに建つ紫式部像

16世紀ごろから珍重されてきた宇治の茶。現代では抹茶を使った料理やスイーツが話題だが、宇治は『源氏物語』の舞台のひとつでもあった。五十四帖あるうちの最後の十帖は「宇治十帖」と呼ばれ、光源氏の子や孫の恋物語が繰り広げられる。今も残る平安時代の面影を、宇治に探してみた。

 

「宇治十帖」の世界へ

平等院鳳凰堂
↑平等院鳳凰堂(写真提供:平等院)

京都府宇治市は茶どころとして有名だが、平安の昔は、都に近く風光明媚な地として、貴族たちの別業(別荘)が多くあった。そして宇治は、『源氏物語』の最後を彩る「宇治十帖」の舞台でもある。

JR宇治駅を出て宇治橋の方向に進むと、紫式部像が見えてくる。そのすぐそばから延びているのが、平等院表参道だ。参道にはお茶を販売する店、抹茶のスイーツや和小物の店などが並ぶ。その先にあるのが、平等院である。

世界遺産でもある平等院はもともと、平安時代前期、嵯峨天皇の皇子で嵯峨源氏の祖となった源融の別荘であった。その後、陽成、宇多、朱雀天皇らの離宮を経て、長徳4年(998)に藤原道長の別荘となったともいわれている。藤原氏の権勢がいかに大きかったかがよくわかる。

道長亡き後は、子の関白・頼通が寺とした。十円硬貨にも描かれる国宝の鳳凰堂は、鳳凰が羽を広げたような姿を正面の池に映し出し、極楽浄土を思わせる風情だ。

道長の娘で一条天皇の中宮となった彰子に、『源氏物語』の作者である紫式部は仕えていたが、宇治を主要な舞台のひとつにしたのも、道長の別荘があったことと無関係ではないだろう。

平等院のあるあたりは、『源氏物語』の主人公、光源氏の息子・夕霧が譲り受けた別荘のモデルとされている。また、その別荘の宇治川の対岸には、八の宮が隠棲している邸があった。そして、その二人の娘、大君と中の君をめぐって、光源氏のもう一人の息子・薫と、孫にあたる匂宮の恋物語が展開されていくのだ。

八の宮の邸があったとされる場所は、平等院の対岸にある宇治神社や世界遺産の宇治上神社あたり。「宇治十帖」では、夕霧の別荘で管絃の遊びが行なわれると、対岸の八の宮の邸まで聴こえてくるのだが、平等院を後にして、橘橋、朝霧橋を渡りながら、川音に混じる管絃の音色を想像する。

宇治上神社本殿
↑宇治上神社本殿

橋のたもとには、宇治十帖モニュメントがある。小舟に乗った匂宮と浮舟の姿だ。浮舟は、大君らの異母妹にあたる。

大君が病でこの世を去り、薫は失意の日々を送るが、大君によく似た異母妹の浮舟に懸想する。中の君と結婚した匂宮もまた、浮舟を好ましく思い、ある冬の日、浮舟とともに小舟で対岸へわたるのである。

宇治十帖モニュメント
↑朝霧橋のたもとにある宇治十帖モニュメント

モニュメントそばの宇治神社は、木立に囲まれた趣ある神社で、本殿は国の重要文化財に指定されている。祭神である応神天皇の皇子・菟道稚郎子命が道に迷ったとき、一羽のうさぎが道案内をしたという伝説から、境内には可愛らしいうさぎの置物がある。本殿は鎌倉期のもので、重要文化財に指定されている。

宇治神社
↑宇治神社

宇治神社を出て、右手にある「さわらびの道」を行くと、すぐに宇治上神社が見えてくる。同じく菟道稚郎子命と、応神天皇、仁徳天皇を祀っている社だ。

正面の拝殿を回って後ろに鎮座する本殿を詣でる。拝殿は鎌倉時代のものだが、本殿は現存する日本最古とされる神社建築。檜皮葺の屋根が美しい。

本殿は何度か修理はしたものの、創建時そのままの、平安期の木材が使われているという。平安時代の人々が見ていたものを、現代の私たちが見つめていると思うと、歴史の不思議さを感じずにはいられない。

 

『源氏物語』を体感する

恵心院
↑恵心院

宇治川沿いに戻り、急坂を上った高台にあるのが恵心院だ。近年では「花の寺」として有名で、境内には四季折々に花が咲いている。これらの花は、ご住職自らが手入れをしているという。

「宇治十帖」で、薫と匂宮の二人に愛され、悩ましい日々を送る浮舟は、どうすることもできず、ついに宇治川へ身を投げる決意をする。そんな浮舟を助けたのが、「横川の僧都」と呼ばれる徳の高い人物。そのモデルが、恵心院の恵心僧都源信とされている。

恵心院を出て、さわらびの道を歩いていくと、宇治市源氏物語ミュージアムに到着する。

ここは『源氏物語』をテーマにした博物館だ。博物館というと敷居が高くなりそうだが、平成30年(2018)にリニューアルしたときに、体験型展示も取り入れた。

「非日常的な空間で、非日常を感じられる。その感じたものを持って帰ってもらえれば」とは学芸員さんの言葉だ。

館は展示ゾーンと情報ゾーンの2つにわかれている。

展示ゾーンは平安の間、宇治の間、映像展示室、物語の間、企画展示室の5つのブロックが楽しめる。

平安の間では、寝殿造の部屋で、女房装束の女性たちが囲碁をしているのを、直衣姿の男性が垣間見ているところなどが展示されている。実物大の牛車の大きさには驚くばかりだ。

光源氏が住んだ六条院の美しく広大な屋敷を、精巧な模型で作製してあるなど、見ごたえがある。 

宇治氏源氏物語ミュージアム
宇治氏源氏物語ミュージアム
↑宇治氏源氏物語ミュージアムの内部

『源氏物語』に登場する「薫物」(お香)の原木が展示されたコーナーもあり、ゆかしい香りが漂っている。ひととき、雅やかな気分に浸れる。当時の調度品など、平安貴族の暮らしがよくわかり、ずっと見ていても飽きない。

情報ゾーンには図書室もあり、『源氏物語』のさまざまな訳本なども閲覧できる。

 

山寺と里山の神社

三室戸寺
↑三室戸寺

宇治市源氏物語ミュージアムから北東へ1キロほどの高台にある、紫陽花で有名な三室戸寺も、「宇治十帖」ゆかりの地だ。

「浮舟古跡」と刻まれた石碑が鐘楼近くにある。江戸時代初期から「浮舟宮」という名が書物に表われているので、そのころにはもう知られていたのだろう。八の宮が帰依した宇治山の阿闍梨は、三室戸寺の僧侶がモデルだともいわれている。

寺からは、宇治市内が見渡せる。紫陽花のほかにもシャクナゲやツツジ、ウメ、ハスなど季節の花が鮮やかに咲くという。

また、平等院から南へ徒歩で30分ほどの山中にある、白山神社と白川金色院跡もおすすめのスポットだ。金色院は、藤原道長の孫で後冷泉天皇の后となった寛子が建立したもので、今はいくつかの塔が残るばかりだが、その鎮守社である白山神社は、重要文化財にも指定されている。

白山神社
↑白山神社

白川金色院跡
↑白川金色院跡

階段をのぼった先に現われる社には、宇治の里山にふさわしい静謐な空気が漂っている。近くには、もみじ谷への遊歩道も整備されているので、ウォーキングにも最適だ。平安時代や『源氏物語』に想いを馳せつつ、宇治を歩いてみてはどうだろうか。

【大河ドラマの世界を垣間見る!】
宇治市にある「お茶と宇治のまち交流館『茶づな』」において、「光る君へ 宇治 大河ドラマ展」が開催される。
会期:令和6年3月11日(月)~令和7年1月13日(月・祝)
   9:00~17:00(最終入場16:30)

お茶と宇治のまち交流館『茶づな』
↑お茶と宇治のまち交流館『茶づな』


↑宇治の町に並ぶのぼり

宇治マップ

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